韓国で起きた不思議な話


2007年8月

韓国のドキュメンタリー番組が医学的にはありえない、
不思議な出来事を伝えました



ある男の人の診断書です

記録によるとこの人は、12時間心臓が止まっていたそうです

12時間の心臓停止、
普通なら死んでいるはずの男性が生き返ったのです

しかも奇跡的に脳の障害もなく

彼は、死の淵をさまよう中で、
不思議な体験をしていたのです



益山市に住むその男性、
実は韓国を代表する文化人

仏教美術で韓国を代表する画家
イ・インホさん

人間国宝にも認定された芸術家なのです


イさんの作品は水彩画だけではありません
特に評価が高いのが
タンセイといわれる模様

数々の伝統的建築を手がけてきました

今年、2月に消失した南大門のタンセイも
イさんの筆によるものです


そんなイさんが不思議な体験をしたのは、
1993年2月

イ :結婚式に出席するため、済州島に行ったとき気分が悪くなり、
突然心臓の発作が起きたんです。



すぐに救急車が呼ばれました

しかし、病院に到着する前にイさんの心臓は停止していたのです

心臓マッサージ、電気ショックなどの治療が施されました
それでも心臓が動き出す気配がありません

医師 :心臓停止からおよそ10分以上立つと、
その後、蘇生しても脳や体になんらかの障害がでます。

イ先生の場合、もうそのような覚悟が必要な状況でした。



当時の診断書には、急性の心筋梗塞により心臓停止と記入されています

そして、そのとき不思議な夢を見ていたというのです

イ :私は、とても暗い場所にいたんのです。


イさんは、その夢を絵に描いてくれました

底は、トンネルのような真っ暗な闇の中、
そして、前に進むと明るい光が見えてきたといいます

イ :トンネルを抜けると両側に花が咲いていて、
さらに進むと川にでました。


川の向こうでは、人々が記念写真を撮っていました

そして、「早く渡っておいで」と呼ぶのです

イ :家族がまだ来てないからいけない、
もう少し待ってくれと拒否すると、
その中の一人が、テコンドーのような格好で近づいてきたんです。


その人は、何故かイさんの胸を蹴り、
イさんは、その場に倒れました

イ :すると、知らない子供がいきなり現れて、
私のことを起こそうとするのです。


その子供は、「死神はもういないから安心していいよ」とささやき、
目を開けると誰もいなくなっていたそうです

一方、その頃病院では、
イ先生の奥さんがまもなく到着するという知らせが入りました

何とか蘇生できないものかと、
もう一度心臓に刺激を与えてみることにしたのです


家族のためにもう一度心臓に電気ショックを与えました
すると、なんと心臓が動き出したのです

イ :目を開けるとそこは病院で、
医者がほっぺたをたたいていました。

12時間も死んでいたと後で聞いて、
本当におどろきました。


医師 :死後4時間で蘇生したことは聞いたことがありますが、
12時間後というのはありえません。
しかも、脳に障害もなく今も元気とは。

まさに、奇跡としか、いいようがありません。


人間国宝のイさんが体験した、死後の世界と奇跡的生還、
そこには、どんな意味があったのでしょうか




国分 :過去に4時間というのがあるといいましたが、
これはどんなことが?

江原 :このお話のなかにはね、
いくつかのポイントがあると思うんでよ。

ひとつには、臨死体験というものが、
これは、洋の東西とわずね、
同じような光景なんですね。

美輪 :暗闇とお花と川がね、三途の川じゃないけれど、
3点セットなのね。

世界中同じなの。

TOU :ぶっちゃけこうなってるんですか?

江原 :向こうとこちらの境に何事もつかわれることだから、
そういう認識がそういうものを見せるんじゃないかという説があるんですけれど、
実際、向こうでの景色というものはそういうものであるという風にはいわれていますね。

それと後もうひとつ、どうしてこういうことが起きるかというと、
要するにこれは、お役目だとおもうんですよねある種の。

たとえば、人間だったら、5分たったらそうなるとか、
割と統計的に決められていってしまうじゃないですか、
でもその異例の出来事があることによって、
過信してはいけないとか、人間の未知の力とか、
そういったことを教えていたりとかね、
そういう役目。

それこそ、人間国宝のような方じゃないですか、
だからこそ、その影響力もあるわけですよ、経験したことが。


国分 :ちょうどその絵があるんですが、
イさんが暗闇を歩いていて、記念撮影をしていて、
こっちへおいでといわれたけれど、
家族がいないからいけないといったら、
テコンドー蹴られたというんですけれど。

江原 :それは、ちょうど幻視とまざりあっているんじゃないですかね。

そのテコンドーで蹴られたというのも、
(電気ショックで)バッとやられたときに感じたんじゃないですか。

それと、生き返ったときに声をかけられたのが子供という幻視になった可能性があります。

沢村 :それと、臨死体験した人は、あの世の入り口で今まで歩んできた人生をもう一度見せられて、
来世はどうしますかっていう反省会が一回開かれるって聞いたんですが。

江原 :それは、確かなんです。

アカシックレコードというんですけれどね、
人が生きたときに得た思い、言葉、行為、
この三つのすべてを見る、
そして、そのとき気づかなかったことも、
故意にしたことも、全部つつみ隠さず、
等身大の自分を見せ付けられるの。

そこで、再び反省をすることになる。


イさんが装飾を施したお寺にて

イ :私は、長年、丹精込めてつくってきましたから、
そのおかげで命を救われ、生かされたのかもしれません。

これからは、後進のために力を尽くしたいと思います。



一度は失いかけた命を取り戻したイさん

今後も韓国の文化に貢献する大切な役目があるのです



全米に勇気を与えた義足の消防士


アメリカのフロリダで
2001年ある男性の勇気あるチャレンジが話題になりました


ビル・ヘンリーさん(36歳)
愛する妻と子供たちに囲まれて、
幸せに暮らしています

彼が、話題になった理由は、
左足の義足

それは、8年前、突然の事故の結果でした

それでも彼はこう言うのです

ビル :あの事故のおかげで今のしあわせを手に入れたのです。



1993年、ビルさんは小さい頃からあこがれていた消防士になりました

ビル :子供の頃から人を助ける仕事をしたかったのです。
だから、消防士になることが夢だったのです。

夢がかない地元の消防署で充実した日々を送っていたビルさん

しかし、2000年5月、
バイク仲間とツーリングに出かけたビルさんは、
車に衝突し、15メートルも飛ばされて地面にたたきつけられたのです

すぐに病院に運ばれ治療を受けたものの、
ビルさんはつらい決断を迫られました

ビル :左足が複雑骨折していて、
一生、松葉杖か、切断かと先生に言われました。

私は、切断することを選びました。
迷いはありませんでした。

(切断を選んだ理由は、)
義足で消防士に復帰するためです。


義足で消防士の資格をとりなおす
世界で初めての挑戦がはじまりました

トレーニングにトレーニングを重ね、
とくに、右足を重点的に鍛え上げました

そして、彼のあくなき挑戦は、
全米の話題になったのです

事故からおよそ一年、
2001年8月、雨の中、
再試験の日がやってきました

その内容は、
・18キロのホースを持って5階まで上がる
・5キロのハンマーで30キロのおもりを動かす
・85キロの人形を30メートル動かす

そのすべてを、10分以内に行うという、
ハードなものです

多くのマスコミが訪れる中、
ビルさんの挑戦が始まりました

着々とこなしました

健常者でも、相当の体力を要するこの種目、
義足で一歩ずつこなすなかで、多くの仲間たちが見守っていました

そして、
見事再試験に合格したのです

義足で消防士の試験に合格する、
ビルさん熱い思いがかないました。

世界で初めての義足の消防士、
ビルさんがアメリカ中に感動と希望を与えたのです

ビル :もっと、もっと人の役に立ちたかった、
それだけです。

義足の消防士として、職場に復帰したビルさんは、
事故の前と変わらない熱い仕事ぶりを認められ、
年間最優秀消防士に選ばれたのです

さらに、トレーニングのおかげで新たな出会いがありました

消防士に復帰する訓練をしていたときに、
今の奥さんと出会ったのです


そして、2人の子供を授かったのです

消防士のヘルメットは、2人のお気に入り

ビル :義足になってしまいましたが、
今では、妻や子供に囲まれてしあわせを感じています。


幼い頃からあこがれていた消防士、
その夢を捨てなかったビルさん
彼の挑戦はこれからも続くのです




国分 :ビルさんのとった決断というか、
かっこいいですよね。

YOU :立派すぎて、はずかしいです。

国分 :僕も同じですよ。

江原 :想像力が大事というね。
そのときに、想像力を持つか持たないかで、
ああいう問題が起きたときに、
どう乗り越えていくかに影響すると思うんですよね。

美輪 :今こうやって見ると、大変な美談みたいでしょう。

でも、これは当たり前のことだったのよ昔は、
野口英世の物語であるとか、二宮金次郎であるとか、
そういったものは、幼稚園にあがる前から、
親や先生や社会が耳にたこができるほど教えてきたのよ。
常識だったの。

『なせばなる、なさねばならぬ、何事も

ならぬは、汝のなさぬなりけり』とか、

『金剛石もみがかずば、珠のひかりはそはざらむ 』

人も磨けばダイヤモンドみたいに光ってくるんだから、
光らないのは努力しないからだって、
昭憲皇太后の歌を詠まされたりして、
教育として当たり前として教わってきたの。

毎日、あの人はこうだったこの人はこうだった、
偉人でもね、
だからあんたもできるんだよっていわれてたの。

国分 :いい話って思ってることが、もう違うのかもしれないですね。

美輪 :退化したのよ。

YOU :子供の頃は、そういうものを読まされるというか、
あったからどこかにあるんでしょうね。

美輪 :だからあなたはね、
とってもまともなんですよ。

YOU :もとはあったんでしょうけれど、
こんなのを見るとすごい人だと思うんですけれど。
基本的には、こうあるべきなのですよね。



トラブルに負けない強い心、
夢をあきらめないチャレンジ精神

ビルさんのチャレンジは、世界に勇気を与えてくれたのです

阿部定を演じた杉本彩の不思議な話


今月公開の映画『JOHNEN 定の愛』で
主人公の阿部定を演じた杉本彩さん

かつてない、異常な体験に襲われました


杉本 :この映画が撮影される前から、
自分が冷媒体質だということはわかって、
いろんな体験をしていたんですけれど、
これほど異常な体験をしたのは、
この映画がはじめてだったんですけれど。

去年の12月ぐらいに、
クランクインして、
慰霊堂におまいりにいくというシーンがあったんですね。

それで、どうせきたんだからちゃんとおまいりしていこうと思って、
慰霊堂の最前列に歩いていたらですね、
急に空気ががらんと違うんですね。

心臓が押し付けられるようになる、頭はわれるようになし、
だれかわからない人の悲しみがワーッてきて涙はあふれてくるし、
息はくるしくなるし、
また、憑依されてるかもしれないと思って、あわてて最前列からとおのいて、
呼吸を整えてそのまま撮影は続行したんですね。

次のロケ現場の控え室に入って、
これは悪寒もすごいしこれは除霊かなんかしていただかなければいけないと思って、
いつも見ていただいてる霊能者の先生にお電話をして、
「こんどお願いしますね」っていって電話を切ったら、
慰霊堂で私の中に入ってきた未成仏霊の方々が、もうあふれるように出てきて、いつも見てくださってる霊能者の方に電話してですね、
こんなになって大変なんですって言ったたら、
熊本からですね、飛行機で飛んできて下さったんですよ。

現場で、その霊能者の先生の浄霊がはじまりまして、
そしてその中で一番真に入ってらっしゃったのが
やっぱり阿部定さんなんですね。

彼女がいろんなことをお話しになるんですよ。

たとえば、なにがいいたいかというと、
やはり愛について自分はすごくいいたいとか、
私を通してお話になるんですね。

完全に彼女の人格というものを私は、その浄霊で体現しているんで、
それが起こる前に役的に解釈していたのは、
すごく凛としたきっぷのいい感じの下町のおねえさんということは、
自分の中で解釈があったんですけれど、
それだけじゃなくて、別の側面が少女みたいなものすごく無邪気でけなげでかわいい人なんです、純粋で。

それを、自分が体感してるのでわかるんですよ、
こんなにかわいい人だったのかって。

それで、その日を境に自分の演じ方がコロッと変わったんですね。

なにを自分でどうしたらいいんだろうって、
なんでこんな風な体験が頻繁に起こるんだろうって。

高嶋 :僭越ですけれど、それは最後いい話で終わった方がいいですよ。
こっち(肩)が重くなって、でもさっき少女のようだって言ったら、
肩がふっと軽くなって。

杉本 :だから、彼女のことを話していて、
彼女のことをすごく理解されているとかいう話題になると、
すごい自分の中で心がこんな風に動いてくるんですね。


阿部定の霊に取り付かれたという杉本さん

さらに不思議なことが起きたのです


江原 :杉本さん浄霊なさったという話なんですけれど、
高嶋さんおっしゃるように、
私も、阿部定さん現に憑依なさってますよ。

杉本 :今の段階では、なにをしても離れて下さらないんですよ。

江原 :杉本さんの日本人離れした雰囲気と違って、
見える方は大きい方じゃなくて、小柄で華奢な方で着物を着せた感じでもっと歳を重ねたような方が、
杉本さんの肩に手を置いているわけなんですよ。

でも、野放しではいけない、
杉本さんね、今のお仕事ができなくなっちゃう、
あの、変な話だけれど、そっちの方のお仕事をしなきゃいけなくなっちゃう。

杉本 :本当に、怖い作品とかは恐ろしくて絶対無理だと思うんですね。

なぜ、彼女が私に来ているかということも、
20代の頃から彼女の存在がすごく気になってて、
彼女をモチーフに歌の歌詞まで書いたことがあったりして、
それで、なんか私の書いた小説に彼女の名前が出てきてたりとか、
彼女に関する関心が非常にその、昔からたかかったんですよ。

江原 :それでね、非常に共感できるところがあるでしょう。

杉本 :自分を犠牲にしてまで人を愛するということが、
なんか女の情念とかに対する探究心とかが強いです。

美輪 :だからね。
甘やかしちゃいけないのよ。

甘ったれてるのよ、そいつらは、
阿部定さんもなにも頼ってくるのはね。

人を頼るとは何事か、自分を救うのは自分ではないかってね。
なに、人に迷惑ばかりをかけるんだ、
だからてめえが苦しむんだってね。

「ばかやろうが」っていってやらなきゃだめ。

そして、謙虚になって人として生まれるのは大変なのに、
人として生まれさせていただいて、
それなのに、煩悩とか色欲とかそっちにばっかりはしっちゃって、
神仏に敬意をあらわして、先祖や何かの供養もして、
それで、ちゃんと得を施さなきゃいけないのに、
それができなかったということは、申し訳ないことをしましたって。

そう思わなければいけないといってやればいいの。

国分 :上原さんが体調をこわしていってしまいました。

(番組途中で、上原さんが退場しました。)


美輪 :受けやすい方だからね。

江原 :戻っては来ないんですか?
戻られた方がいいです。


上原さんが番組の途中で気分が悪くなった理由


江原 :ただね、それはそれでいいとしても、

やっぱりね、いろいろとさしつかえるだろうなと思うんです、今後。

いろいろ、体質的なことでね、
どこかで、封印した方がいいんじゃないかとおもうんですよね。

でないと、どちらが人生の主になるのか、
ずれていく可能性がある。

だから、役者よりそういう世界の方で生きちゃうみたいな方に、
新霊能者登場みたいにね。

阿部定さんは今ね、いるっていうこと自身は杉本さん自身の気持ちの切り替え、
どっちにも変えられると思うんですよ。

自分は自分として大丈夫なんだけれど、
いったんドアを開けちゃった、
ドアが壊れちゃった状態っていうのはいったん修復しないとね、
それで、どうやって修復するかというと、
自分の方で閉じるという意識をまず持つということから。

杉本 :なるほど、難しいことですね。


霊感が強いと思う人ほど、悪い霊の影響を受けやすい

今後も女優を続けるためにも気持ちを切り替え、
自分の霊感を封印するようにと江原さんは言うのです




江原 :(帰ってきた上原さんに)おびえるとだめなの。

美輪 :いや、おびえる必要はないのよ。

国分 :気分が悪くなったんですか?

上原 :気分が悪くて、どうきがだんだん...。

美輪 :いや、怖がりだからね、もともと。

だから、そんな時は、

ネビリカンノンリキ ネビリカンノンリキ ...
エイ(厄払いのおまじない)
っていってやるのよ。

そうすると、離れていくから。

江原 :過敏症になるのは、よろしくなくてね。

そうすると、余計にそういうのが強くなるでしょう。

そういうので、いちいち感化されても大変だ。

美輪 :いい、なめられちゃあかんのよ。
なめたらあかんぜよっていってればいいの。

さくらちゃんも女優でしょう、
イケイケのスケ番の役をやったつもりでいればいいの。

てめーこのやろっていって、
どけっていってやればいいの。

そうすると、よってこないから。

おびえてるとね、やっぱり脅かしたくなるのよ。

上原 :強い気持ちでいればおびえることもなく。

江原 :生きているときも一緒じゃないですか。

同じこと、霊だからってそうかわらない。

美輪 :だから、霊だとか、超能力とか、スピリチュアルとか、
霊魂とか、そういう言葉にわずらわされないこと。

とらわれないこと、当たり前のことなんだから。

だから、いい人のところにみんな来るのよ、
だから、借金するのと同じ。

この人は、貸してくれそうだなという人のところに金借りに行くじゃない。


むやみに霊を恐れる必要はない

人間関係と同様、毅然と接すればいいのだと、
美輪、江原さんは言います



○精神医学では憑依とは、
自分になにか取り付いたという、
自己暗示による興奮や錯乱、厳格などが起きる状態といわれます


何かが、取り付いたと信じ込む前に、
医師の診断を受ける必要がある場合もあるのです

ほしのあきさんが高校生のときやってしまったいけない遊び


霧島神宮と伊勢神宮で起きた不思議な出来事
そこには金子さんに対する別のメッセージがありました

江原 :金子さんの場合は、親御さんの意思をしっかりついで、
気持ちをそこへつなげておくことの方が重要かもしれませんね。

亡くなっている人とつなげてということで、
忘れられているわけじゃないけれど、
意識が遠のいていっちゃってる。

その気持ちで、最近ちょっとへこたれるようになっちゃったみたいでね、
金子さんがね。

前はそんなことはなかったのに、なにがあってもくじけずがんばっていこうとしてたけど、
最近、ちょっと弱くなったと。

前はね、お父さんの苦労とかもあれして、
がんばろうという意思があったのが、
その心がちょっと離れて行ったがために、
自分だけをみるようになったために弱気が出てきたと。

金子 :いや、本当によくわかります。
最近は、自分のしあわせとか、自分がどうなっていくということばっかりかんがえていて、
なんか周りが見えてないなというのは、
すごく感じていたんですよ。

その自分の弱さを埋めようと、なにか気づきたくて、
パワースポットとかにすがるじゃないですけれど、
それを自分は感じてて。

江原 :金子さんのパワースポットはもしかしたら、
お父さんかもしれませんね。




ほしのあきさんが高校生のときやってしまったいけない遊び

その結果、恐ろしいことが起きてしまいました



ほしの :高校生のときにこっくりさんが、
第二次ブームみたいなものでまた、きちゃって、
それを授業中にやっちゃったんですよ、それを後ろの方で。

美輪 :いけない子達ね。

ほしの :それで、2人で10円玉でやってて、
質問してたんですが、
途中で、質問とまったく違う答えが出たりしてて、
10円玉が勝手に動き始めたんですよ。

それで、10円玉の動きがはやくなって、
ひとりの女の子が10円玉をはなしちゃったんですよ。

その勢いで、10円が机をはなれちゃったんですよ、
そしたら、何人かいた女の子のうちのひとりが白目を向いて、
泣き出しちゃったんですよ。

どうしたの、大丈夫っていってもなにも答えずにいたら急に、
「ママがいない」っていいだして、
子供みたいになっちゃったんですよ。

これはいけないと思って、
その友達のおばあちゃんが霊媒師的なことをやっていて、
電話をかけていまこういうこっくりさんていう遊びをしてて、
いたら白目をむいて泣き出したのでどうしたらいいですかって聞いたら。

とりあえず、窓を全快に開けて「出てけ」って背中をたたきなさいっていわれたんで、
それでその子を「出てけ」っていって何度もたたいてたら、
意識を取り戻したんです。

その子は、みんなに答えようとしてたんですが、体が動かなかった、
出ていったとたん体が軽くなったっていう風に言ってて、
意識はあるけど、自分の体が動かなくなっちゃうみたいで。

それからそいういうことはやらなくしたんですが、
こっくりさんていうのは、狐さんじゃないですか、
それなのに子供が入ってきて。

江原 :関係ないですね、それは。


こっくりさんは、狐の霊だと思っていたほしのさん
それは、大きな間違いでした



江原 :いや、それは、未浄化霊はいくらでも入ってきます。

美輪 :それは、狐じゃないのよ。

江原 :そのときは、人霊でしょね、きっと。
それで、背中をたたくというのは当然で、
背中というのは、クビの付け根でね、
ここから、霊的なものは出入りがあるんですね。

だから、悪寒というのは、ここ(首筋)でしょう。

美輪 :悪寒が走るというのは、背筋がさむくなるでしょう。

国分 :何回もありました、今、僕。

江原 :まあ、話はあれにしても、
やるのが一番いけないんですから。

美輪 :学校によっては禁止してますよね。

帰らないというからね。

江原 :向こうにしてみたら、来いっていうから来たんですからね。

高嶋 :霊的な危機管理をしないと。


興味本位で霊を呼んでも悪さをする低級霊が来るだけ、
こっくりさんは絶対やってはいけない危険な遊びなのです



高嶋 :夜寝てたら、けばけばしい女の人の霊が。

美輪 :私じゃないでしょうね。

高嶋 :そんなわけないでしょう。

それで、また今日どっかで飲み屋に行ったときにそれをつれてきたのかなと思って無視したんですよ。

それで、明け方見たら、
奥さんのところに覆いかぶさっていた。
べったりおおいかぶさっていた。

江原 :いや、だからね、
酒におぼれだけの執着でいますでしょう、
霊になっても酒場にいくんですよ。

本当に、盛り場にはいますね。
生きてても、亡くなってもネオンが好きですよ、みんな。




加藤さんが見たデジャビュの意味


○加藤さんが見たデジャビュ


加藤 :予知夢とは違うんですけれど、
デジャビュというのはよく見るんですよ。

夢で見たことが、なにかのきっかけで見たことがあると。

たとえば、印象的に見たことがあるのが、
俺が中学校の時に見た夢なんですけれど、
俺は友達何人かとしゃべってて、
腕を組みながら後ろを向いてしゃべってたんですよ。

あれは、高校2年の時だと思うんですけれど、
体育の授業で、みんな体操服を着てて友達としゃべってたんですが、
あっ、これ見たことあるって思ったんですよ。



加藤さんが高校時代、デジャビュだと思った高校時代の体験

それは、中学生の時、夢の中で見た光景
まだ出会ってない高校時代の友人たち、
そして、グランドの風景を見たというのです


加藤 :俺は、そのときにそいつらの顔も見てるし、
その、結構広い田舎のグラウンドだったんですけれど、
その絵を見たんです。

美輪 :その方たちは、まったくの赤の他人だからご存知ないのね。

加藤 :はい。 そのとおりです。

江原 :それは、デジャビュって言えるかもしれませんが、
予知夢の方なんですね、
夢で見た自覚があるんですよね。

デジャビュというのは、あっここみたことがあるって瞬時に感じるものであって、
予知夢というのは、夢で見ていることを現にみたということだと思うんですよ。

でも、それは世の中の人は一杯あると...まあ、
しょっちゅうということはないでしょうけれど、
そういう覚えのある方というのはいるんじゃないでしょうかね。

加藤 :そういうのを見ると体に異常があるとかではないですか?

江原 :だからね、そういう風に見る人って世の中おおいみたいですけれど、
どうして、世の中の人って自意識過剰なんだろうと思うんです。

なんでそこまで夢に結び付けるんだろうかって、
夢で見ただけじゃないかってね。
暇なんですね。

梅沢さんがいると梅沢さんの波長で、口が悪くなっちゃうんです。



江原さんが思わず辛口になってしまうほど、
べらんめいの波長がつよい
梅沢富美男さん


よく、自分にそっくりな人がもうひとりいるといいますが、
梅沢さんの場合は、何人もいるというのです



国分 :よっぱらってるだけじゃないですか?

梅沢 :よっぱらってないって、
つい最近もそうだったんだけど、
公演いったときに、楽屋に差し入れがとどいたんですよ。

マネージャーに悪いし、知らないし、じゃあ食べにいうって行って、
予約を取って行ったんですよ。

しゃぶしゃぶ屋さんなんですよ、
そしたら、「梅沢さんしばらくでした。」っていうんですよ。

僕は初めてそこに行ったんですから、
本当に。

初めて、公演をしたんですよ、
そこの土地に初めて公演に来たんですから。

俺、来ましたって言ったら、
「また、そんなことを言っちゃって」って、
よく芸能人はそんなこと言ったら鼻持ちならないっていわれるじゃないですか、
そんなこと嫌だから、ああそうですかってあわしておいて、
どんな格好で来たんですかって聞いたら。

「着物着て、ハンチング帽をかぶってた」って、
そんなやつ世の中にいないでしょう。

俺、普段、着物なんか着ないもん。

それで、何人か一緒につれてきたって言うから。

それで、その人がサインしてあげようかって言って、
サインもしたんです。

国分 :そのサイン見ました。

梅沢 :ええ。
そのサインは、梅沢富美男って漢字で書いてるだけなんですけれど、
俺は、そんなせこいサインするわけないでしょう。

俺じゃないっていったんですけど、
「いや、梅沢さんです」って。
僕だって、言い張るんですよ。

それと、うちの女房の友達の友達が薬局をやってるんですね。
そこへ俺が薬を買いに来たっていうんです。

俺は行かないってっていってるのに、
薬局なんていったことがないんですから。

マネージャーに頼んだり、いろいろやってるんだから、
そこに梅沢富美男が来たって言うんだから。
それはありえないでしょう。

国分 :僕は、ちょっとわからないですけど。

梅沢 :俺は行ってないもん。

それで、大阪に行ったら、大阪で、
2年前ですよ、梅沢富美男さんですかって言ったら、
関西弁で、「言うたらあかんで」って、
俺、東北人だから。

国分 :でも、そういうのないですか、タレントさんだったら。

梅沢 :でも、俺の場合は、多すぎるの。

国分 :これは、どうなんですか?

江原 :要するに、そっくりさんなんじゃないですか?

国分 :そうなんですよ。

梅沢 :これじゃあ、「オーラの泉」にならないでしょう。

美輪 :むかしね、もう終戦後だったですけれどね、
偽者が跋扈してる時代があったんですよ。

でね、私が行ったら偽者扱いされちゃったの。
後からね、衣装からなにからあれしたら本物らしいってことで、
やっと認めてくれたの。
衣装や宝石で私だということを、評価してくれたけれどね。

まあ、偽者に私はあったこともあるの。
似ても似つかないんだけれど、
そういうもの。

ひばりちゃんもそうだったのよ、
『美空ひはり』とかね、
『雪村ねずみ』とかね、
そういう偽者が一杯いたんですよ。

あちこちで、そいういうのがありましたよ。



梅沢さんの場合は、偽者が出没しているだけのようです


不思議な体験が多いことでは、指折りの
つまみ枝豆さん
どうしても聞きたいことがあるというのです



つまみ :最初、僕、伊豆の出身なんですけれど、
兄貴と10歳ちがうんですけれど、兄貴につれられて海に行っていたんですね。

その日も、お兄ちゃんとお兄ちゃんの友達と伊豆の白浜というところにいって、
僕は結構泳ぎが達者なので、
泳ぎに行くと、遊泳区域のブイまで行って帰ってくるんですね。

その日も普通に泳いでブイまで行って、
帰ろうとしたんですが、光が差し込んで海の底が見えたて、
そこをなにげに見たら黒縁めがねの男の人がいたんです。

僕は、水死体だと思って驚いて、泳いで帰っていたら、
今度は、すぐそばで見えたんですよ。

それで、おぼれていたら、お兄ちゃんの友達が助けに来てくれて、
「なにおぼれてるんだ、
いつもなら普通に泳ぐのに」って泳ぎは達者だったので、
泣いてばかりで。
小学5年ぐらいのときですかね。

じゃあ、シャワーを浴びて帰ろうかと、
シャワーを浴びていたら、その鏡の下にその男の人が映っていたんです。

バッと後ろを見たけれど、いないんですね。
それで、そのままかったんです、
七三に分けた黒縁めがねで、時代が遅れている男の人で、
どんな人っていうと、
ミスターオクレさん見たいな、そんなイメージなんですね。
むかしの日本のサラリーマンみたいな。

それ以降、最近まで見ていたんです。

それは、どういうことなのか聞きたいなと。

国分 :もうそれは、見なくなったんですか。

つまみ :見なくなって、10年近いですね。

江原 :見えなくなったのは、結婚してからですか?

つまみ :結婚してからです。

江原 :そうでしょう。

結婚してから、枝豆さんの人生変わったからですね。
いろんな流れが、変わったんですよ。


枝豆さんが何度も見たという、
黒縁めがねの男の人

それが、結婚すると何故か姿を見せなくなったんです


江原 :あのね、好きな人がいて、
ミスターオクレさんみたいな人ね、
失恋の果てに自殺をなさってるんですよね。

恋愛、好きで好きでそれが果たせなくて、
亡くなっててね。
さっき、結婚してから出なくなったでしょうというのは、
もてたりもあったでしょうが、
どこかで、女性不審だったと思うんですよ。

この人って思えることとか、
この人って心を許すことができなくて、
この奥さん今の奥さんが現れて、初めてなんかこう心許せる人が出てきて、
でいて、恋愛という気持ちになれたのも今の奥さんで、
で、結婚とかになって、浄化したんですよ。
思いが、元の気持ちがね。

美輪 :思いが、結実したのね。

つまみ :何かを伝えたかったってわけでもなかったんでしょうか。

江原 :いや、ややもすると、枝豆さんてものすごくロマンチストな方だから、
同じような人生とかを繰り返してしまう可能性を、そこで脅かし脅かしそこへ向けないようにしていたんです。

だから、恋愛とかものすごく傷つく人だったはずですよ。
枝豆さん自身も。

美輪 :コンプレックスも必要以上に持ってらしたからね。

俺が、女にもてるわけないというのがここにガーッとあったから。



何度も現れた黒縁めがねの男、
それは怖がらせようとして現れたのではなく、
自分と同じ過ちを繰り返さないように警告を発していたのだと江原さんは言うのです


江原 :奥さんがすごく強い人なんです。
念力、跳ね返す人なんですよ。

敏感なんだけれど、跳ね返す人なんですよ。

だから、枝豆さん自身をずいぶん助けてくれてますよ。

奥様がケガをなさったでしょう。
あれは、枝豆さんのを引き受けてくれたわけですよ。

変なところに行って連れてきたから。
だから、その時って普段よりかみ合わずギクシャクしてた時があったと思うんですよ。
でしょ。

それから、奥さんがそういうことがあってからすごく仲良くなられたんです。

つまみ :かみさんから話聞きました?

江原 :もちろん聞いてるわけないじゃないですか。

つまみ :なんでわかるんだろう、そうなんですよね。
実は、そうなんですよね。

江原 :だから、そんなこともあるから奥さん大事にしなきゃいけませんよ。

つまみ :いや、すっきりしましたね。



国分 :はい。
今日は、皆さんにさまざまなメッセージがあったとおもうんですけれど、
次回、梅沢さんはぜひ不思議な話を持ってきて下さいね。

梅沢 :今日、皆さんの話を聞いてて、
何で俺はここにいたんだろうと?

上原さくらさんの不思議な話


江原さんから念が強いと言われた、
上原さくらさん

高校時代、誰にも信じてもらえなかった不思議な出来事がありました



上原 :授業が終わって帰ろうと思って、
かばんをもって、教室を出ようとして、
まだ教室に残ってる友達を待っていたんですよ。

そしたら、手にふっと違和感を感じて、
手を開いたら中に小さな剣が入っていたんです。

それで、私の学校って女子高ですから、
そういう剣のおもちゃを持ってくる女の子なんていないし、
それに、私はかばんを持ってどこにも触らず、
ドアをでて廊下に立ってただけで、
周りには誰もいなかったんですよ。

だから、いつの間にかに握ったということはないと断言できますし、
だれかに持たされたというのもありえないし、
なので、それがすっごい怖くって、
周りの友達に、ねえねえねえ、これ知らないっていったら。

「なにそれ? 知らない」みたいな、
いやさっき手の中に入っててさって、
「なんの話し?」みたいな。

信じてくれないの。
でも、本当によくできているんですけれど、
切れないおもちゃでした。

国分 :どんな剣でした?

上原 :和風ではありませんでした、
洋風でした。

危ない経験じゃないかと思って、話すことすらできなかったんです。
この番組ができるまでは。

国分 :これは、剣になにか意味があったりとか。

江原 :これは特殊ですけれどね、
上原さんだからそういうことがおきるんだろうなとおもうんですけれどね。

やっぱり、物品引き寄せ、テレポーテーションね。

そういう能力がありましてね、
一般の方でもそう理解してないだけで、
よくあるんじゃないかなと、
まあ、よくあることはないでしょうが。

たとえば、あるはずのものが急になくなったり、
あと、無いはずのものがかばんの中に入っていたりとか。

国分 :ありますね。

江原 :多くの人が物忘れみたいなもので考えたりしてるだけで、
だけども、あったのが不思議だなとかね。

上原さんの場合は、感情が多感な時期、そういう思いが具象化してあらわれれる。
剣のような気持ちだったんでしょう。

上原 :湧いて出たんですか?

江原 :湧いて出るというより、瞬間移動。
だから、どっかの誰かが無くなったんです。


高校生の時期、刃物のような気持ちが引き寄せたと江原さんは言うのです


国分 :その時の気持ちはどうだったんですか?
とがっていたとか。

上原 :私、変わってたからあまり友達いないんですよね。
寂しい気持ちとか、こんちくしょうとか、うん。

美輪 :自分自身も強くないといじめられるから、
結局、剣を持って戦わなきゃいけない気持ちになるものね。



自ら超能力があると断言する金子貴俊さん
鹿児島県霧島神宮で奇跡を起こしたといいます



金子 :僕、人から聞いたんですけれど、
人には、自分を守ってくれてる場所があると聞いたんですよ。

で、どこなのかなと思ってずっと探してたんですよ。

ある人から、貴俊くんは高千穂の峰に登った方がいいよといわれたんですよ。

霧島神宮という鹿児島と宮崎のあいだにある山なんですけれど、
そこに行ってみなっていわれて、
行ってみたら大雨で、1メートルも見えないぐらい霧になっちゃって、
もう登れないねって、マネージャーにも止められてたんですよ。

僕は登りたくて、あそこが頂上じゃないかと指差した瞬間にですよ、
するとモーゼの十戒みたいに雲が開きまして、
晴天になって頂上が見えちゃったんですよ。

国分 :よくそんな作り話を。

金子 :本当なんです。
忘れもしません、左手の人差し指ですよ、
ブワーッと雲が開いて。

本当ですよ、で、頂上まで登ったんですよ。

それで降りてもう一度みたんですよ。
そしたら、ブワーッとしまっていきまして。

国分 :これはなんですか?

美輪 :いや、だってそんなの私は日常茶飯事だから。

嵐もやんじゃうし、
たとえば、広島に行ったときも、
広島空港には着きませんからいいですかって羽田でいわれたの。

いえ、結構ですよ、行かなきゃどうにもなんないんだからって、
じゃあ福岡空港でおりないとけませんから、
「そこから新幹線使っていくか、
また羽田にひきかえすかもしれませんけれど、
それでいいですか?」って言われて、
すーっと(広島空港に)入ってきたの。

そして、私が入る15分前に嵐がやんじゃったって。
ね、だからそんなことはしょっちゅうなの。

国分 :しょっちゅうある話しをしちゃったってことだよ。

金子 :僕のなかではうれしいことで、
神様に呼ばれてたんだと思って。

美輪 :それはあるわよ。

国分 :もうないでしょう、不思議な体験というのは。

金子 :それがきっかけでパワースポットにはまってしまうというか。

今年の初詣に伊勢神宮にいったんですよ。
1日になってすぐに行ったんですよ。

そして、参道というか、砂利道を歩いていたんですよ。

そしたら、ズバババッって音が鳴ってびっくりしてみたんですよ、
そしたら、黒い馬の影が森の中に消えて行ったんですね。

なんだろうと思って、一緒に行った人なんにもみてないんですよね。

国分 :ああ、それ多分、年末の疲れだよ。

金子 :疲れてましたけれど、確かにみたんですよブワーって。

それで、後で調べたら神馬(しんめ)と書いて神様を乗せる馬と書くんですか?

それじゃないかと思ったら、色は白いんですよね。
黒って嫌な感じがしたから、
あれっていったいなんだったんだろうって。

江原 :年末の疲れですね。

それは、冗談。

でも、それですぐに神馬と結びつけるのは単純すぎますね。
古い時代のそういったものをみたりする場合もありますし、
ただ、それが黒く見えただけで実際、黒かどうかはわかりませんよ。

あの、よく人影といいますでしょう、
あの、姿かたちがあっても人影だけがすっと通り過ぎることもよあることだし、
それが馬だとしてもぜんぜんおかしくないしね。

美輪 :ただね、神様とか高級霊とかそういった人たちに好かれる資格のある人であることは確かだわね。
あなたは。

江原 :そうですね、常に純粋であることではね。

つまみ枝豆さんの不思議な話


つまみ枝豆さんの不思議な話

つまみ :僕の場合8割がた霊をみるのは鏡なんですよ。

本当に鏡の中なんですよ。

僕、昼間走っててルームミラーをなにげにみると、
運転手さんと助手席に人が乗っていて、
あれっと振り返ると助手席に人がいないんですよ。

運転手さんだけいて、
3回ぐらいあるんですよね。

江原 :えー怖くない、のせてあげればいいじゃないですか。


霊の集まる場所というのは、たしかにありますよ、
でも、いちゃいけないなんてそんな傲慢なことを。

つまみ :僕も、いちゃいけないというんじゃなくて、
分析できないんです。

国分 :鏡に映るんですか。

江原 :神秘です。
昔からおおいですよね、鏡に映るとか、
神様でもなんでも、だから、精神統一になりやすいところがあるんですよ。

ただ、鏡がなければ見えないわけじゃないとおもいますけれど。

つまみ :だれも信じてくれないんですけれど、
たけしさんの運転手やってて、
夜中に帰ってきたとき、歯を磨いて寝ようと思って鏡を見てたらすごい形相になってたんですよ。

目がつりあがってきて、怖かったのですぐやめたんですけれど、
それを人に話したんだけれどだれも信用してくれず、
それで一回限りなんですけれど。

江原 :変貌現象といいます。

一般の人たちでも鏡を見てて、
だから僕はいつも鏡を見なさいというんですよ。

今日って自分の顔じゃないと思うときがあるんですよ。
そういうときは、自分と違う人格のときがあるから、
自分でいけないと思わなきゃいけないんです。

美輪 :われわれの商売というのは、
不特定多数の大勢の人を相手にしてるでしょう。

敵意を持っている人もいるし、あこがれている人もいるし、
いろんな人がいるわけでしょう。

そういうごちゃ混ぜのエネルギーがこっちに向かってくるわけじゃないですか。
それを、バーンと跳ね返すか、それを全部吸収して吸い取っちゃって
始末するだけのエネルギーをもってるか、
そういうものを持っている人じゃないと務まんないのよ。

それを処理する気概とか情念とかがないと。

つまみ :もうどうしていいかわからないと。

美輪 :自分の顔は自分の顔とわかるんでしょう。
形相が。

つまみ :僕は、途中までしか凝視できなかったんで、
目をそらしたんです。

美輪 :それは、今日一日の思念、
ちくしょうとかあのやろう恥かかせやがってとか、
どうしてくれようとか、それが表に出せなくて黒い渦になって渦巻いてる。
それが気がつかないうちに、鏡にバッとでちゃったりする場合があるんですよ。


突然、わけがわからなくなった場合、いらいらした思いや感情を自分の中に溜め込んでいるのかもしれません。

鏡をみて、自分の精神状態をチェックすることも必要なのです。




家族や恋人など大切な人が亡くなったとき、
不思議な体験をするときがあります。

小倉優子さんの場合、おばあさんが亡くなってから不思議な現象が起きるようになったというのです


小倉 :それまでは、不思議な体験とかは一切無くて、
それで、祖母が死んで、火葬場と自宅を行き来していて、
夜中だったんですね。

だれも歩かない山の中なんですけれど、
ひとりのおばあさんが立ってたんですよ。

12時過ぎてたので、え、なんでこんな時間にって
家族に大丈夫って言ったら、
家族は誰もいないよっていって、
でも、はっきり立ってたんですね。

ああ、こういうのって本当にあるんだと思って、
でも、そのとき思って。


真夜中に見えたおばあさん、
不思議な出来事はそれだけでは、終わらなかったんです。


それから、お部屋のトイレの水が勝手に流れたりとか、
なにもしてないのに、TVのチャンネルが変わったりとか、
ブラインドが上がったりとか。

国分 :それは、自分の家ですか?

小倉 :家とか、スタジオとか引かないと上がらないブラインドが、
こっちに上がりだしたりとか、
そういうことがおこりだすようになったんです。

それが、祖母が亡くなった日からなんですよ。

江原 :ただ、それはおばあちゃんではないと思うんですよね。
そこにたまたま居合わせた霊が、
ここにいるよということを言いたかっただけじゃないですかね。

子供のいる家なんですよ、
ポルターガイストって。

もお立派な大人なんですけれど。

美輪 :いえ、子供ですよ。

江原 :子供が持つエネルギーはね、
赤ちゃんっていうぐらいだからね、そういうエネルギーがそういうことを引き起こしちゃう。

幼いときからというのはあっても、
途中からというのは少し珍しいかもしれませんけどね。


ものが勝手に動くポルターガイスト現象、
映画で描かれるときは、決まって子供がいる家庭や、子供がいる場所で起こることが多いのです。

それがなぜ、小倉さんの周りで起こるのでしょうか?

江原 :だから、ご自身の力というか、みんなそれをもっているんですよ、認識してないだけで、だからそれを引き起こしちゃうのかな。

美輪 :本人の気持ちになにかアクシデントが起きたときに、
なにかこう精神的動揺があったりとか、怒り悲しみとかいろいろあるじゃないですか、
その思念がパッとエネルギーになって、飛んでいってそういう現象を起こすというのがあるんです。

江原 :自分では、そうしている意識はないんだけれど、
それによる自作自演ということがある。

小倉 :すごい、悲しいときというか。

江原 :感情の起伏が激しいでしょう。

美輪 :だから、そこいらへんのものが表に出せないから、
だから、違うエネルギーになっちゃうのね。


小倉さんの周りで起きるポルターガイスト現象
それは、子供の気持ちを失わない、
小倉さん自身が原因だと美輪、江原さんが言うのです


江原 :霊的なものを引き寄せちゃったという、
要するに引き寄せちゃう念がいけないんですよ。

くる霊が悪いんじゃない、引き寄せる自分が悪いんです。

悲しいだけじゃなくて、理性が大事なんです。
この悲しみは、悲しいだけじゃなくて、
いやこの悲しみはこうだよなって、こう考えるべきだよなって、
ただ感情に押し流されて、うれしい悲しい、怒ってみたりじゃなくって
怒ったときもなぜあの人は怒ったのかなと、
考えてみれば、いたずらに怒らない悲しくならない。

理性で分析、理解していけるそうすると、
変な波長をださない、変な波長を出すと、
類は友を呼ぶで、
変な霊がすぐ付くんですって言うのは、
自分がそんな低い波長ですって言っているようで、
恥ずべきことなんですよ。

うん。
けして、自慢になるようになることではないんですよ、
枝豆さんね。



未来の出来事を見たり感じたりすることができる予知能力
本当にそんな力があるのでしょうか


八代亜紀さんは、幼い頃から自分の未来が見えたというのです


八代 :たとえば、10代のころ車の免許を取ったときに、
すごく車に乗りたいじゃないですか。

すごい一直線のときにスピードだそうと、
いけませんけどね、
スピードを出したときに、
頭の中にパトカーのピコピコが見えたんですね。

ふっとブレーキを踏んで、
緩やかなカーブをまがったら、隠れてたんです。

美輪 :ネズミ捕りってやつね。

八代 :その当時ねずみ取りってあったんですか。

梅沢 :その当時からありましたよ、
何度も捕まりましたから。

国分 :そのとき一回だけですか。

八代 :いや、本当に不思議なのは、
お金が落ちてるよと、
瞬間に感じるんですよ。

で、ふっと見ると落ちてるんですよ、
すると、ずっとずっとずっと落ちてるんです。

国分 :すごいですね、お金落ちてるよという声が聞こえるんですか。

八代 :聞こえないけど、わかるの。
瞬間にひらめくの。


未来の出来事が瞬間的にひらめくという八代さん
江原さんが分析するその理由とは


江原 :昔、「オーラの泉」でもそういうゲストのかたいましたけれどね。

あの、ちょっと離魂病(体からたましいがはなれること)気味なんですよね。
あの、本当にいなくなるの。

一瞬、パッと意識がなくなるというかね、
要するにいろんなところにいっちゃうところがあるんですよ。

それがひどくないんだけれど、
一歩先に行って予知してるところがあるの。

それは、昔っからそうなんだろうなと思うんですよね。

八代 :幼い、3〜4歳ぐらいの頃から、ものすごい絵が好きで、
絵を描いてまして、その絵を大人になってみましたら、
未来の八代亜紀を描いてたんです。

ロングドレスで、マイクで歌ってるんです。

その当時は、スタンドマイクで、こんな大きなマイクしかなかったんですけれど、
ワイヤレスマイクを描いてるんです。

江原 :それは、完全に予知ですね。


八代さんには、ステージで歌う自分の姿がはっきり見えていたというのです


不思議な話スペシャル「高嶋政宏」さんが見た不思議な出来事


○不思議な話スペシャル

不思議な体験をしてきた、芸能人が集まりました



杉本(彩) :私の周りにマンガみたいな不思議なことが一杯起こるんですけれど、
この番組でしか言えないですね。

おかしい人って思われちゃう。

美輪 :それはね、人生経験なのよ。

霊的なものを否定するという人は、ただ経験がないというだけなのよ。



国分 :どうですか金子(貴俊)君とかっていうのは不思議な体験とかというのは。

金子 :めちゃくちゃありますよ。

国分 :美輪さんと江原さんに会いたくてそういっとけば会えるとか
いってませんか。

金子 :「オーラの泉」大ファンですけれど、
本当にありますよ不思議体験。

やっと話せるなと。



霊感が強いことで有名な高嶋政宏さん
つい最近もこんな体験をしました


高嶋 :舞台の稽古が終わってちょうど夕暮れ4〜5時ぐらい、
左に行くと羽田とか横浜、右に行くと銀座とか六本木の方に、
で銀座とか六本木とかに行く方に行ったらだんだん込んできたんですよ。

あーこれ時間がかかるのかなと思っていたら、
目の前をおっさんが、
左右を確認しながら、高速で車がビュンビュン通っているところを横切ったんですよ。

それは、標識を真っ黒にした感じ、
黒で波をうってるんですよ。
鉛筆で斜めに色を塗った感じ、
大丈夫かなと車が止まった瞬間に、
パトカーと救急車が来て、
あれ、どうしたのかなとじりじり動いていったら、
そこで交通事故があってたんです。

たぶん、そこで交通事故にあって、俺はどうしちゃったんだろうというので、
とりあえず家に帰ろうというので横切っていったんだろうなとおもってこれは。

江原 :これはよくあることで、
自分が肉体から抜けますでしょう。

その後、動揺があるわけですよ、死=無じゃなくて自覚があるわけでしょう。
それで、家に帰らなくちゃとかいうのがあるでしょう、
それをご覧になったわけです。


江原さんの診断では、高嶋さんが見たのは事故で亡くなった人の霊

自分が亡くなったことが自覚できず、さまよっているというのです。




ほしのあきさんがパニックを起こしそうになった深夜の体験とは

ほしの :霊か霊じゃないかは、わからないんですけれど、
一度そういう経験があって、

友達の家に行ったときに、2人でベッドに寝たんですけれど、
夜中に友達がトイレに立ったんですよ。

あっ、トイレに行ったと思った瞬間に寝返りをして、
その友達にぶつかったんですよ。

あれっと思って見たら、その子寝てるんですよ。
確実にその子がドアを開けて出て行ってるのを見てるんですよ。

でも隣にその子が寝てたので、自分の中でパニックになっちゃって、
そのまま寝ちゃったんですけれど、
朝に聞いたら、「いや、うちはよくでるよ」みたいな感じで、
えって私は見たことがなかったので、
同じ部屋で三人で寝てたのかな見たいな。

私が見たドアに出入りするというのを言ってたんですよ。



ほしのさんの体験には意外な答えが返ってきました


江原 :でも、こういっちゃなんなんですけれど、
いちゃいけません?

ほしの :でも、初めての体験でいるよといってもこわいのに。

江原 :でもね、見方の違いでね、
この世は、自分たちのものだと思ってるからそういう感覚になるんです。

あちらとしてみたら、あちらでなんでいるだと思ってるかもしれない。

高嶋 :いやーそうですよ。

悪霊払いの席に行ったことがあって、
白着きて業をして、だんえきといのを。

高校から大学まで、
それで要するに江原さんがいうように、
自縛霊で困っている人がいると、
でなんとかしていなくして欲しいと。

自縛霊がでてきて「おれがここにいるんだ」っていってましたからね。
「後から来たお前たちが侵略してきただけで、
俺はここにいる」って言うんです。

美輪 :先住民族ですね。

江原 :前にもお話ししたんですが、
地鎮祭というのがありますでしょう。

あれ、地鎮祭というのはお払いじゃありませんからね。
共存共栄をお願いして、後から入ってくるものですからね。

だから、引越しをしてご近所周りをしますでしょう、
それと同じなんですよ。

まがまがしいものはおはらいするんですが、
その土地に昔からいる、自然霊というのがいるんですが、
一緒に繁栄させてくださいねという、
共存共栄させてくださいねという儀礼ですから。



この世界は、生きている人間だけのものではない、
霊の世界と共存共栄することが大切だと江原さんは言っています

加藤和樹さんの不思議な話


今週の「オーラの泉」は、
不思議な話スペシャルでした。


霊感の強い友人がいると不思議な体験をすることがあります

仮面ライダーカブトのドレイクで注目を浴び、
現在はミュージシャンとしても活躍する
加藤和樹さん

霊感が強い友人が遊びに来たとき、
不思議な体験をしました

加藤 :結構、仲のよい友達なんですけれど、
俺のうちに遊びに来たとき、
急に顔色が真っ青になったんですよ。

何度か来てるんですけど、
一緒にご飯を食べたり、しゃべったりしてたんですよ。

そんときに、急に顔が真っ青になって、
「ごめん窓開けて」っていって。

なんでだろうって、
俺もそんなそいつの姿を見るのは初めてだから、
急いで玄関と部屋の窓を開けたんですよ。

そしたら、そいつの顔がみるみるよくなっていったんですよ。

なんだこの現象って思って、
そいつに聞いたら、「霊の通り道だから窓を開けて欲しかった」っていうんですよ。


霊の通り道があるという加藤さんの部屋、
単なる通り道ではなかったのです


江原 :その友達は、女性の霊を見たといいました?

加藤 :そのときは言ってないですね。

江原 :ひとつ矛盾しているのは、
霊は扉があろうがなかろうが通りぬけますからね。

加藤 :僕もそう思ったんですけれど、
窓を開けた瞬間によくなった。

江原 :気分の問題ですね。

そのときに、さっき女性の霊といいましたでしょう、
その当時、その少し前にお別れがあったと思うんですよ。

加藤 :僕ですか?

江原 :そう、その中できっとあなたのことをものすごく好きだったんでしょうね。

美輪 :生霊ですよ、生霊。

江原 :でもね、その思いが果たせずにね、相手してもらえなかったりするとね、
その思いが生霊としてくるの。
こっちの方がめんどくさいですよ、
生きてますからね。


加藤さんが感じたのは、霊の通り道ではなくてわかれた女性の念だと江原さんはいうのです。
さらに。


江原 :加藤さんね、
これから先だって危ないんですよ、
その当時からそうだけれど、恋愛はあまりうまく行かないでしょう。

意見が(合わずに)こうなっちゃって、妨害されちゃうの、
全部妨害されちゃうの。

だから、さかのぼれば、加藤さん優しい人なんですよ、
その気はないのにおもいふらすみたいになっちゃう。

美輪 :ヘビの生殺しになっちゃうの。
優しくすることが、返って相手のためにならないの。

江原 :好きでないというと、傷つけるからずるずると向こうが待っててくれる、
気があるんだわってなって「いや、だから違うんです」って後で言うと余計に恨みが倍増になるんですよ。

美輪 :その点、梅沢さんなんかね。

梅沢 :あのね、あまり甘いこと言うもんじゃないよ。
始末が悪いからね。

何度、経験して、いくら金使って、
いくら失敗したから。

本当に、聞かせるよ。

国分 :どうしたらいいんですか。

江原 :うん、だから全然ないから、
その人に対して、思いだけでいいから妨害しないでくれと、
だからそれを、常に念ではね返す。

だからそれをその人だけじゃなくて、
嫌なものは嫌だということをはっきり言わなければいけないし、
妙に慮っちゃうんですよ。

そのために、嫌と言えなくてみんなに同じようにしちゃうんですよ。

美輪 :だから、八方美人というのは、いいようだけれど、
自分の首を絞めるんですよ。

だから、だれにもかれにも優しいというのは、
相手に対して刃物になるのね。

だから、ヘビの生殺しよりも、梅沢さんみたいにグサッと切っちゃった方がいいみたいにね。

それこそ、心を鬼にしちゃってね、
私は興味ありませんってね。
そういう人には、パーンと無碍もないように、取り付く暇もないように、言うことこそが相手のためになるんですよ。

あきらめさせること。

梅沢 :いい番組でしょう。




加藤さんの場合、霊の話というより恋愛の話でした


西川さんへのメッセージ


スターの座を捨てて西川さんと結婚したヘレンさん
2人を結びつけたたましいのきずなとは

そして、西川さんしかコンビを組めなかった
破天荒な天才横山やすしさん

亡くなって12年西川さんに伝える
大切なメッセージがありました


江原 :最初、非常にビックリしたことがありましてね、
このお宅の中で、一番の霊能者は奥さんだったと思うんです。

逆にお伺いしたいんですけれど、奥さんを見てると一杯
仏さんが見えるんですよ、
仏さんの信仰かなにかなさってますか?

西川 :むちゃくちゃしてますわ。

江原 :それでいてね、
これは夢物語と思って聞いて下さい。

前世は、尼僧さんだったというのが見えるんですよ、
そのときからもそうなんだけれど、いまもそうなんだけれど、
師匠の人生を照らしてきたのは全部奥様でね。

ことあるごとに仏様にお努めをするんですよ。
それでいて、漫才の道へ行ったらというのも奥さんの持ってる霊的ちからなんですね。

それで、この奥さんつらい思いをなさってきたといのが、もう私が想像が及ばないぐらいなさってるんですけれど、
その分、内に秘めた感とか思いが強くてね、
これはやらせるべきだとか、
自分が身を引いてね、ご主人を表にだすということは、本当に大きな愛でないとできないことだと思うんですよ。

だってご自身が華やかだったんですから。
でも、自分の輝きは全部きよしさんに差し上げると。

西川 :まあ、あの、聞いたら悲惨な話ですわ。


ヘレンさんの父はアメリカ人、
外国人のような顔立ちのため小さいころからいじめを受けたといいます


西川 :そういう生まれ育ちですから、
米軍のキャンプを3歳の時からタップだとか歌だとかをならってね、
ずーっとまわってたらしいんですよ。

美輪 :進駐軍を回っていると、周りは外国人ばかりだからいじめられないですものね。

そこはハーフの人の天国。
今は、ハーフはかっこいいとかの代名詞でしょう、
昔は、まったくの逆だったの、
本当に人間よくここまで意地悪になれるぐらいの意地悪ですものね。

西川 :同じ人間なのになんでここまで人をいじめるのかな、
俺にもっと力があったらなって思いますね。

国分 :師匠も見られてるんですか。

西川 :もう、目の前ですから、
せめて結婚させて下さいといったときから、
職場結婚は認めないからどっちかやめろと、
だから勇気をもってヘレンはやめさせますといったんですよ。

2人でクビだと思ってました、
それぐらい腹をくくって会社に行きました。



吉本新喜劇のスターとなってもいじめを受けていたヘレンさん
そんな彼女を守ってくれていたのが、西川さんだったのです

漫才師、政治家の妻として西川さんを支え続けたヘレンさん
その献身的な愛には、2人のたましいのきずながありました



江原 :これは、さっきの尼僧さんの延長なんですけれどね、
これは本当に夢物語です。

お2人が親子関係であるときがありますね、
で、師匠をお子さんに持っててね、
亡くされてるんですよ。

そのご供養もあって尼僧になられてるんですよね。
それで、今の人生は夫でもあるけれど、
息子でもあるような気持ち。

だから、この息子を育てなければという一心できた、
だから、自分自身は我慢してということは一杯あったと思うんですよ。

私にはこんな姿が見えるんですよ、
今はそんなことはないでしょうが、自分自身を切り詰めてでも師匠に恥ずかしい格好をさせないようにとか、
そういうことをやりくしていたという最初からの姿がねありまして。

これは、奥さんとしてでもわかるんですけれど、
母の心ですね。


それと、さっきから困っていることがありましてね。

やすしさんはなれてないんですよ、
要するに、やすしさん亡くなってあの世に行くというじゃないですか、
行ってないですね。

なにしろ、さびしがり。
自分でマイペースでいるわりには、一人でいられない、
そういうかただったと思うんです。

それでいてね、師匠がいないと生きていけないんだというんですよ、
それでいて、師匠がいたからこれでも長生きできたと思ってると。

だから、相当めんどうをかけられたと思うんですよ、
普通の生活をさせるために寝させるもそうだし、
お守りする仕事が議員としての仕事のために離れなければいけなくなった、
でもつねに介護してやらなければダメな人というか、
それはいまだになんですよ。

だから、それぞれが自立しなければいけないというかね、
その気持ち、だから亡くなってもやすしさんなんですよ。

だけども、ヘレンさんはやすしさんのことも供養してるんですよ、
祈ってるの。
それでもまだ、いいんだけれど。

西川 :まあ、うちの家内はなにかあったらお墓に行ってます。

江原 :感じてるんだと思います。
ヘレンさんもね、
要するにやすしさんまだ自立できてないというのをね。

だから、やれるうちは供養しなきゃと、あの世に行かせなきゃと、
成仏させてやらなきゃという気持ちがあるからだと思うんです。

お帰りになったら聞いてみて下さい、もしかしたら本当のことをおっしゃるかもしれない。


亡くなってもやすしさんは、甘えん坊でさびしがりやのまま
いまだに西川さんのそばにいるというのです



美輪 :成仏するというのは、仏の心になるということだから、
自分で成長していって進化させていってね、
大人になっていかなと仏の心にはなれないじゃないですか。
ちいさな子供のままでいることを、自己改革しなきゃいけないということなんですよ。

それを、自己改革しないでやんちゃん坊のままでいられる甘えがあるから、
そうすると、成仏できないんですよ。

で、これを聞いてると思いますけれど、
そいういうことなのよやすしさん。

聞いてる? うん、だからいつまでも甘ったれてはダメですよ。

人に迷惑をかけちゃダメ、いままで十分に迷惑をかけたんだから。
だから、皆さんに迷惑をかけないで恩返しをいまからしなきゃだめなの今からは、
あなた自身も頭もいいし、ちゃんとしたところもあるんだから、
それで、人々を慰め励まし、尊い仏、菩薩になったり如来になったり、
まだまだ、これから先いっぱいあるんだよ。

次から、素晴らしい人になるようにこれからご修行なさい、
そのためにあなたここに来たんでしょう。

国分 :ちょっと聞きたいんですけれど、きよしさんがやすしさんのためにできることってあるんですかね。

江原 :自立しろといってあげたら。

西川 :朝晩、仏壇でお話してるんですけれど、
一度も言ったことがないです。

美輪 :生きているのと同じように対処なさってるから、
だから、いつまでも居心地がよくているんですよ甘えて。

江原 :さきほど、稽古をされるときにね言われたそういう気持ちです。

行くことが稽古だとさせればいいんです、
ちゃんと自立しろじゃないとみんな困っちゃうんだと。

西川 :そういってあげることだけでいいんですか。

美輪 :そうそう。

そうすると、向こうにそういう気持ちが芽生えればすーっと天窓がひらかれるみたいになるんですよ。

江原 :きっと奥様がそういうことだけを言えばきっとわかったといいます。
どのようにすればいいのか奥様が教えてくれると思います。



やすしさんにこの世にいてもらいたい、
これは西川さんに限らず、やすきよを愛した人すべての人の願いだと思います

そんな思いがやすしさんの成仏を妨げてるとしたら、
少なくとも自立が大切だと美輪、江原さんが言うのです。


横山やすしさんの意外な前世


1970年 やすしさんは、
タクシー運転手への傷害事件を起こし、
長期の謹慎処分を受けます

やはり、やすしはコントロールできない
みんなはそう思いました

しかし、西川さんはあきらめなかったのです


2年の謹慎にもかかわらず、
やすきよの漫才はさらにパワーアップして復活します


1997年 上方の漫才大賞を受賞
テレビのレギュラー番組も、
週に14本の人気タレント、
名実ともに漫才の頂点に立ちます


美輪 :私は、やすしさんと週刊誌で対談したんですよね。

そのときは、礼儀正しくてちゃんとしてたのよ、
めちゃくちゃに見えるけれど、神経質でね。

着るものでも、1日2回ワイシャツを着替えるなんて、
言ってましたよ。

西川 :神経質で、ピシッとしてるんですよ、
でも、誰もいなくなったときが怖いんですよ。

いいかげんとか、突然暴力を振るうとかそういう人じゃないんですよ。
楽しい人なんですけれど、お酒ですね。

国分 :よっぱらって現場に来たことがあるという。

西川 :それは、数え切れないぐらいあるんですね。

国分 :こなかったときもあるとか。

西川 :こなかったときも、はい。

なんのために夜中の1時も2時もまで稽古したんだと、
朝、8時にね、結果こないんですから、
等身大のやすしさんの写真をもってね、
1時まで稽古したやつを、
「なあ、そうやな」とか、ばかみたいなことをやってましたね。

美輪 :それはそれで、おもしろいわね。

西川 :そうですね、それを許してもらえるキャラクターをつくったのがすごいなーと思います。

美輪 :大阪のお客さんは、人情味がおありになるからでしょう。

西川 :普通でしたら、まあ、許されないです。

今日みたいな、はじまるセットの裏に水割りのセットが置いてあるんですよ。
「これはなん」とスタッフにいったら、
「えっ、やすし師匠に用意しとけといわれてますんで」。

「すぐ下げてくれ」って、僕と一緒の時は絶対飲ませません。
でも、一人で出るときはお願いするんですよね。

ちょっと一杯飲んだほうが楽しいことを言ってくれるだろうとか、
面白い番組になるだろうとか、
それはさせません、ケンカしてでも。

美輪 :それは、お守りが大変だったですね。

話しは戻りますけれどね、
やすしさんと対談中にね、不思議なものが見えたんですよね。

日本のある土地ですけれどね、そこへあなた行くときがないといったんですよ。

そこへ行くとあなたね、あんまりいいことが起きないはずよって、
そこへときどき行ってるんでしょうって。

この間の事件もそこへ行ってから起きたんじゃないのって言ったらね。
「そうです」っていうからね、
そこは、昔、村上水軍の拠点地だったところで、
あんたその村上水軍にいたんだって、昔の海賊よ。

西川 :やすしさん海賊でした。

美輪 :わたしが、見たのはね。
そういう風に見えたんですよ。

西川 :だから、船にエンジンつけて走るのが。

美輪 :あなたが競艇好きなのは、そこから来てるんだわって言って。
それで納得っていう話があったの。


頂点を極めたやすきよの漫才
そこへもうすぐ転機が訪れます

1986年 西川さんは、参院選に立候補

102万票を獲得しみごとトップ当選を果たします

一方、一人で活躍することが多くなったやすさんは、
飲酒運転や暴行などあいかわらずトラブルが絶えず、

そして、
1996年 
アルコール性肝硬変で他界

コンビを組んで、30年
51年の太く短い生涯でした


国分 :あらためてやすしさんとの漫才人生はどう振り返ってますか。

西川 :本当に、人生30年のお付き合いですけれど、
急いでました。

人生急いでました、本当にね人生急いでました。
もう少しゆっくりしてたらいいのになって、
なにをそんなにいらいらしてるのかわからないんです。

国分 :でも、僕は思うんですが、コンビ別れをすることが多かったやすしさんが、なぜきよし師匠とはこれだけ長く続いたんだと思いますか。

西川 :それは江原さんに聞きたいなと思ってきました。


格差婚を会社に怒られた西川きよしさん


今週の「オーラの泉」ゲストは、
西川きよしさんでした。



・スピリチュアルチェック

ちいさい頃なりたかった職業はなんですか :  
 喜劇役者になりたかったです

人生の転機はいつですか :
 18歳のときに吉本興業で家内に出会ったときです

毎日かかさずすることはありますか :
 毎日、朝と夜には、家の仏壇で手を合わせてご先祖様に感謝をし、
横山やすしさんといろんなお話しをしています

ひとつだけ願いが叶うとしたらなにをお願いしますか :
 正直、ありません
 これ以上そんなことを思ったら贅沢や思ってます


伝説の名コンビ
横山やすし、西川きよし




1946年 高知生まれ

17歳で吉本新喜劇に入団した西川さん

そこには運命の出会いが待ち受けていました

新喜劇のスターだったヘレン鈴本さん、
当時の西川さんには高値の花でした


国分 :18歳の時に奥さんに出会ったことがひとつの転機だということですが。

西川 :出会ってなかったら、
今日は僕はここへ座ってなかったと思います。

国分 :今で言うと、格差婚みたいな感じだったんですかね。

西川 :えらい格差婚です。

扱いも違いますし、本数も違いますし、
収入も違います。

収入は、家内が17〜18万取ってる頃に、
僕は、1万7〜8千円というところでしたから。

国分 :一目ぼれだったんですか。

西川 :一目ぼれもなにも、近づけないんですんで。
「おはようございます。
お先に勉強させていただきます、
お疲れ様でした、おやすみなさい。」ってこれぐらいの会話でした。

まさか、「おいヘレン」って呼び捨てにできるとは夢にも思いませんでした。
そのときは。



当時、西川さんの役といえば、通行人や着ぐるみの中、
すでにスターだったヘレンさんとの恋は、すごい話題になりました

しかし、社内恋愛は禁止、2人が付き合うことは許されなかったのです。


西川 :会社の方に、「実は、結婚したいんですけれど」っていったら、
「周囲から、そんなことは早くから聞いてる」
2人直立不動で、「結婚したいんですけれど」っていったら、
「職場結婚はいかんからどっちかやめろ」って。

「どっちかやめろ」って言ってるのは、私にやめろといってるのは、
当然わかるじゃないですか、
でも、なにくそここで負けてはいけないと思って、
「じゃあ、ヘレンがやめて僕が吉本に残させてもらいます」って言ったら、
その頃の偉い方が
「おまえあほか。
なにをかんがえてんねん、おまえあほか。

お前が家に帰って先に飯を炊いて、お前がヘレンの帰りを待ってたらええねん。

吉本のためにこれだけ稼げる人間と、お前みたいに吉本の方が助けてやらなければいけないのはね」って。

頬って置けば、自然とやめていくだろうと会社は思っていただろうと思います。

でも、食っていけないですから、稼いでいかなければいけないですから、それはもう小さい頃から苦しいですから、
一食や二食抜いたからってどうってことはないんですよ。



1966年、周囲の反対を押し切って二人は結婚

そして、もうひとつの出会いが


お笑いの歴史に名を残す
『やすきよ』が生まれたのは、不思議な縁によるものでした


国分 :やすしさんとの出会いというのは、
これはどういう出会いだったんですか。

西川 :僕はお芝居が終わってすぐにやすしさんの漫才を他の人と組んでいるときに見てました。

そりゃー無料で見れるんですから、吉本にいたら、
人はどういう風に笑うんだか方程式を考えていました。

国分 :他の人と漫才をやってたわけですね、やすしさんは。

西川 :僕で、5回目なんですよ。

コンビ別れの名人だというのは、聞いてました。

だから、家内と結婚するときと同じで、
「新喜劇をやめさしていただいて、
横山やすしさんと漫才をやらせていただきたいんですが」っていったら、
また会社にしかられまして、
「お前、コンビ別れの名人やというのを聞いとるやろ。

なんで、そない会社のいうこときかへんねん」って怒られました。

国分 :どっちがやろうといったんですか。

西川 :それは、京都の喫茶店で、10回近く会いまして、
最初は、お断りしたんですよ。

あんな特技はできません、
相手がしゃべったら、すぐに返さなければいけないんですもん。
コンマ何秒の世界ですから。

客席では見させていただいてますが、できませんってお断りした。
「できるって、できるって」いとも簡単にいうんですあの人。

「舞台にでるやろ二人で客おるやろ、そしたら年寄りか若いかみてな、
若い人やったら朝刊夕刊、ベストセラーや週刊誌みてたらわかるやないか、
それをわしが言うから、それに対して返してきたら客がわっと笑うねん、
それが漫才や」そんなんで誰が笑います?
絶対笑いません。

国分 :ちょっと無理だと。

西川 :いや、やろうと心に決めたのは、
家内のへレンが「やってみたら」って背中をポンッて押してくれたんです。

国分 :会社から起こられたにも関わらず、奥さんの言葉があったから
やすしさんと一緒にコンビを組もうと思ったわけですか。

西川 :はい。
芝居がたくさんある中のひとりやから、
せりふもたくさんもらえないから、
15分20分2人が主役でね、
サンパチマイクの前で2人で立てるから
自分たちの実力、勉強次第でどうにでもなるんだからがんばって、
そういうんでやってみたらというんで。

美輪 :奥さんもやってみたらって、
奥さんも先見の明がおありね。

西川 :今日帰ったら、もういっぺん女房に聞いてみますわ、
なんでお前やれといったかいうのを。



はじめての漫才への不安

誰もが反対した、やすしさんとのコンビ結成

悩む西川さんの背中を押したのは、妻のヘレンさんでした


西川 :コンビ別れの名人の意味がすぐコンビ組んでわかったんです。

まったく稽古しない人なんです。

必ず捕まえて稽古して、喫茶店にすぐ行くんです、
どこかへ必ずでかけるんです、
2時間なら2時間ネタをあわせてから出かけて下さいっていうのを再三お願いして、
「すぐ帰ってくるいうとるやないかい」ってすぐどっかに行こうとするんですよ。

畳の楽屋でしたけれど、やってからでした。
とにかく、稽古しないとだめですね、
原稿用紙400字詰め30枚ね、
きっちり覚えるいうのは、並大抵の努力というより、
覚えなかったら自分たちが恥をかくんですもん。


嫌がるやすしさんを説得し稽古を続けた結果、
『やすきよ』の人気は急上昇

西川きよしという相方を得て、やっとやすしさんの才能が認められたのです


小室さんへ送られたメッセージ


・小室さんへのメッセージ

江原 :亡くなられたというか、
本人はその亡くなり方をすごく気に入っていてね、
自分が望んでいたいさぎよく散るみたいなね。

小室 :そうだということになってますね。
意見が一致しています。

江原 :ご本人は望みがかなった、
でも周りは、早すぎる早すぎるっていう。

でもね、これは全部お膳立てして去るよりもね、
あるところで、パッと渡した方がいいんだと、
それで、後に苦労があった方が、自分のものになるんだと。

出来上がったところにあれしたら、自分のものにならないと、
自分自身満足、くやむこともない。

今まで、みんなにぶつかっていった、
ぶつかって愛情を確かめるタイプだから。

今で言う、うざいと思う人は、うざいと思ったかもしれない。

小室 :最初からもう。
でも、初めてだったんです、そういう人。

江原 :不思議なもので、いろいろな旅の中で、
たましいの旅の中で、
そして今で、いろいろな苦労があったでしょうが、
その中で普通はたどり着けない、
無償の愛にたどり着いたんですね。

だから、世間一般からすると音楽活動の方が、
誰にでもなれるもんじゃない、
一握りの中のその頂点ですが、
そうじゃない、
小室さんにしてみれば自動的になった。

でも、家族の愛情をもらう方が、えらく時間がかかられているんです。

美輪 :やっと得るために生まれてきたんです。
それが、やっと得られて。

無償の愛というのは、お若いのでおわかりにならないでしょうが、
なんにもみかえりを要求しないこと。

けられてもなにされても、それでも愛し続けるの、
お父さんはそういう方だったのね。

江原 :愛の賛歌の世界でね。



さびしいたましいを癒してくれた最高の家族との出会い

生まれ変わった小室さんに新たな役割がありました



江原 :あの、一言で言うとね、
今は、あせるなということです。

あせるなということは、本当の自分でいこうと思っているのはいいんだけれど、
それにも時期があるというんです。

自然と道は開けてくるからね、
泰然自若としてね、
日が上がってきたな、朝になってきたなというのを待ってればいいと。

そのときは、なにかをしてなくても行かなくちゃいけないときなんだというときがあって、
ずっとこれからまた、新たな小室さんの時代がやってくるというかね、
本当にこれをしたかったんだということが、
形としてあらわれるときを迎えます。

けれども、急がないようにと。

お父さんも仲介はしてくれているんだけれど、
実はね、
小室さんのおじいさんなんですよ。

でも小室さんとはあんまり接することはなかったって。

小室 :記憶にちょっとぐらいあるぐらいですね。

江原 :そうなんだけれど、
内面的には、すごく似てる人なんですよ。

そのおじいさんもすごく喜んでいる、
なぜかというと、
そのおじいさんも家系的には、ちょっとさびしいんですよ、
みんながばらばらっとなっちゃって。

だから、この世をさびしく終わっちゃったんですよ。

だから、今の小室さんの状況をすごく喜んでいるの。

心からこれでよかったということをおっしゃっていて、
その方の教訓もそうだし、前世からのこともあって、
あせらないように、急がないようにというようなね。

この世的なことをいうと、
後、2〜3年後には新しいことがさーっと膨らんでいってね、
道が広がっていきますよというのね。

もうひとついっていいですか?

(少し、笑いながら)移住です。

小室 :移住ですか、思ってましたけれどね。

美輪 :いずれね、この方(江原さん)もおんなじことをね。
だから笑ってらしたのね。

小室 :江原さんは、移住しちゃいけないんですか?

美輪 :そうそう、
日本での役目がたくさんあるから、そう。

江原 :出国禁止ですから。

美輪 :おんなじなんですよ。

国分 :じゃあ今日でその考えはやめてもらって。

美輪 :やらなきゃいけないことが、日本でね、一杯出てきますしね、
それがちょっと大変なお仕事でね、
まず、日本か発信すればいいんです...そう。

国分 :江原さんからあせるなということがあったんですが、
そんなことがあったんですか。

江原 :あせるなというより、急ぐなかもしれません。

小室 :そうですね、
ネットとかで、スピードがより速くなっちゃてるから、
急がなくちゃいけないですか、
だから、そのスピードにあわせると急がなきゃいけなくなっちゃうっていうのはありますね。

でも、本当はもっとゆっくりやりたいというのはありますね。

美輪 :というのはね、
原点を見つめなおせということなのかもしれないんです。
原点なんでした。

冨田勲でしょう。
そこなんです。

小室 :はい、はい。

いまちょっと、悪寒が走りましたけれど、
すごくよくわかります。

わかっちゃいました。

江原 :小室さんは、現代の象徴みたいなものでね、
いみじくも、本人もおっしゃってましたけれど、
今ははやいからそれにあわせなくちゃいけないと思って原点が見えなくなっちゃった。

これはね、現代人がみんな共通することだと思うんですよ。

美輪 :基本建築、土台があればね、怖いものなどありはしませんよ。

冨田勲さんなんかは、世界に誇れる素晴らしい音楽家だし、
だからそれを分解しちゃって、そしゃくして食べて、
細胞にするの、するとより本格的なものができるじゃないですか。



1970年、万博で出会った冨田勲さんの音楽、
日本で初めて、クラシック音楽にシンセサイザーを導入した
神秘的で幻想的な音楽は、世界中で絶賛されました

小室さんの音楽原点ともいえる冨田勲さんの音楽が、
今、再び将来のヒントになるというのです

それは、小室さんにとっては、決して意外なことではなかったのです



小室 :今、設計図的なものがふわーっと出てたところだったんですよ。

今、そこまでできてないんですけれど。

なんの設計図なんだろっていうの。
わかんなかったんです。

美輪 :だから今まで聞いたことの無いような、
ロックなんだかシンフォニーだかわかんないようなものが頭の中で聞こえてくる、
でしょう。

だから、それをおつくりになってるのが聞こえてるわけよ。

原点はなにかといったら、そこは冨田勲から始まっているのよ。

小室 :冨田さんのは、日本を彩る音だったんで、
どうだ、日本の音はってことでしたからね。


美輪さんと江原さんに聞こえたという小室さんの未来の作品

それは、電子音楽でロックとクラシックを融合した壮大なシンフォニー
小室さんが世界に発信する日本の音なのです


今とつながる小室さんの前世


どんなに曲が売れても癒されることのなかった
たましいの孤独

そこで、ようやくつかんだしあわせ


江原 :先ほど、ご自身がもう少し歌えればといっていたでしょう。

これね、前の生で歌ってらっしゃったのが見える、
しかも、女性でね。

それでいて、とにかく熱心で、勉強家で一生懸命やるんだけれど、
つねにどれだけ、高い声を出せるかということを自分で訓練していて、
そして、自在に声が使えるように、表現できるようにっていう風にやった挙句に声を壊してしまう。
それで、歌を歌えなくなってしまうことがあったんですね。

先ほど、女性に書く歌が多いとおっしゃっていましたけれど、
あえて女性の声で歌う曲、それは依頼があったからとか求められたからとかじゃなく、
歌わせるなら女性に歌わせたい、しかも、
極力高い声で、ソプラノみたいな高い声でね。

光のある高音そういったものを出させたいっていうことが、
自然にわいてくるようなことはなかったですか。

小室 :うーん。
決めたわけじゃないです、自然だと思います。
いつのまにかそう思ったところがありますね。

江原 :ある意味、歌手泣かせだったんじゃなかったかと思います。
曲的には難しくて。

小室 :うーん。 
そのとおりですね。

美輪 :転調の仕方があれだと歌い手も困っちゃうものね。

小室 :だから、ちょっと意地悪だったかもしれませんね。

美輪 :いや、マリア・カラスがね、
本当は、メゾソプラノだったんだけれど、
大体、メゾソプラノとかアルトとかは、脇役なんですよね。

悔しいから、主役を務めようと、ソプラノコルラツーラっていうのがあるんですよ、一番高いの。
ソプラノを務めようと音域を広くするんですよ。

マリアは、それで高い音を出そうとしたんだけれど、
ツケが回ってきて早くに声を失って、
引退したんですよ。

だから、小室さんの前世の話を聞いてて、
ああ、カラスとおんなじなんだわと思ったんです。

江原 :そのとおりなんです。
それは、カラスの歌だけじゃなくて、
生い立ち的にも。



20世紀最高のソプラノといわれた、
『マリア・カラス』

華やかな舞台の裏で、彼女の人生は孤独でした

芸術家肌の母親に愛されなかった少女時代

世界を騒がさせた大富豪オナシスとの出会いと別れ

生涯、家族に恵まれずひっそりと他界した、
伝説の歌姫なのです



カラスのように悲しい人生を送った小室さんの前世

そこから導かれる現在の役割がありました



江原 :実は、すごく家族思いで生きてきたんだけれど、
なんか常に孤独になっちゃうそんなものがあって、
それで歌で表現することでカラスは生きてて、
どこかで歌手として成功して親から認めてもらおうというところがあって、
まさにおっしゃったそういう前世というのがあって、
だから今回は、自分が作りそして表現する。

そして、この時代を象徴するところもあって、
そいうものがあって小室さんは生まれ生きている。

食べ物もそうじゃないですか、
今は個食といわれるけれど、まさにそうでしょう。

そういった意味で、小室さんが発信することは、
たくさんの役割があるんじゃないかと思うんです。

それでいてね、
もうひとつに、家族から受け入れられたということに、
奥さんのお父さんが出てこられるんです。

そして、本当に息子さんにしてくれましたね。

小室 :はい。
なんていうかな、逃げてばっかりいたわけなんですけれど、
逃げたくない、そこになんとか入りたいっていうことで。

去年、他界したんですけれど、
最後、病院に行ったんですけれど、
最後言葉をみんなにかけたのは、僕だったんですよ。

このしゃべらない僕が、今までだったら一歩か二歩さがるんですが、
なぜか先頭に立って
「お父さんにありがとうっていえ」って叫んでいたんですよね。

江原 :その部分は簡単でね、
あのね、無償の愛なんですよ。

いろんなものを逃げてきたのも無償の愛じゃなかったんですよ。
人間関係で、いろいろな代償を求められてきたんだけれど、
そこには無償の愛があったんですね。

小室さんがなんであろうとよかったんですよ、
そこには、一人の息子としてね。
男としてのつきあいもあるし。

小室 :そういう人でしたね。

美輪 :なんか、お父さんからプレゼントみたいなものをおもらいになった。

江原 :無理やり食べさせられたというのが大きなプレゼントでしょうね。

小室 :おお。
すごいですね。

江原 :食べろ、食べろ、食べろ、そんなんじゃ病気になるだろう、
そんなんじゃ、力でないだろうとか。

小室 :日々、そうだったですね。

江原 :「苦痛だったろう」っていってます。

小室 :あーっ。
ちょっと、そういうところはありましたけれどね。

魚介類が(苦手)。
ふぐをなんと食べさせたかったんでしょうね。

あの、最終的にそうめんにしてくれたんですよ。

寒天みたいにしてつゆをつけて、
「これなら食べられるだろう」って。

食べたら、まあおいしかった。
そっからが始まりでした、卵やなにやら。

江原 :まともに米も食べられなかったっていうんですもの。

美輪 :それが、形見。

小室 :印象といえば、それですね。

美輪 :なによりのプレゼントじゃないですかね。


体の弱い小室さんを気遣ってくれたのです

小室さんの運命の出会い


小室さんが最初に注目されたのは、
1986年に渡辺美里さんが歌った
マイレボリューションのヒット

作曲家としてまず注目され、
翌年、 TM NETWORKのゲットワイルドのヒットで人気グループに

その後もトップアイドルたちにヒット曲を提供し、
また、自分で結成したTRFを結成し、
次々にヒットを飛ばしていきます

CDの売り上げを合計すると、
17000万枚を突破、
ヒットチャート1位から5位までを独占

レコード大賞4年連続受賞など、
音楽史上に残る記録を次々と打ち立てていきます

その結果、96年と97年の長者番付けでは、
全国で4位という高額納税者に

しかし、ステージ以外の小室さんは意外なほど沈んでいました

そんな中で、大きな転機が小室さんに訪れていました

1995年、
のちにかけがえのないパートナーとなる、KCO(ケイコ)さんと出会い、
globeを結成、仕事の上ではまさに絶頂期を迎えていました

しかし、一年間に90曲、4日に1曲のペースで曲をつくり続けた小室さん、
スタジオにこもる日が続き、
2度の離婚を経験

プライベートの生活はないも同然でした



国分 :こうやってみましても、
すごい人生ですよね。
長者番付4位に入ったというような。

小室 :なにひとつ実感がないですね。

国分 :結構、お金とかも使ったりとかもしたんじゃないですか。

小室 :使ったと思いますけれど、
そのときは、独身で守るものが無かったので、
どうでもいいやっていう。
どうにでもなっちゃえっていう投げやりな感じでしたね。

国分 :素朴な質問ですけれど、
いとこのお年玉とか、いくらぐらいあげてたんですか。

小室 :まじめに話すと、きっと誰かがあげてたと思いますね。

一体どのくらいが、どのこまで、オートマチックに流れていたのかわからないですね。

国分 :すごい、少なからず、僕のところまでは、来なかったですね。

美輪 :なんでも殿様ね、「よきにはからえ」でお終い。

小室 :裸の王様ですね。
王様といわれた時点で、ちょっと違うなと思ってましたね。

美輪 :精神的には、いかがでした。

小室 :ここ何年かで、昔をみたりしているんですけれど、
やっぱり、本当に笑ってないんですよね。

美輪 :今、お話していて、
何度か笑ってらっしゃるでしょう、
小室さんも笑うんだわと思ったの。

江原 :(活躍してた頃と)今と、まるでオーラが違うんですよ。

赤なんだけれど、どす黒い赤があってね。
多分、実行する時間がなかったんじゃないかと思う。

自分の時間をつくることより、当時は、常に音楽をつくることしか頭に考えが無くて、
それで、時間、時間にせっつかれて、
今の方がまったく違うというのは、まるで穏やかな綺麗なむらさきがかかって、
全然、別人なんですよ。

今は、人生を見つめるとき、要するに内観というのだけれど。
そういう時間がもててるけれど、
その当時は持てない。

だから、まともに寝てもいなかったんじゃないですか、当時。

小室 :いつ寝て、いつ起きて、いつなにを食べたのかもなんか。

江原 :現実とうつつとを行ったりきたり。

小室 :そうですね。
あとなんか、消したいというのが、記憶から抹消したいというのが多いですから。

国分 :その当時、かずかずの賞を総なめしたんですけれど、
その賞は、うれしかったですか。

小室 :いや、別にうれしくないとはいわないですけれど、
底に向けてがんばったりとかではないですから。
ながれですから。

だから、わけがわかんなかったです、ずっと。

国分 :4日に1曲という計算になるんですけれど、
90曲かいていたら。

小室 :曲を作る時間以外に一日の時間はほとんどなかったですね。
だけど、曲に対する愛情とかはあって、音楽にだけは、妥協したくなかったですね。

江原 :曲をつくるというが自分と対話していた時間ですね。

小室 :僕もしも歌がうまかったら、歌を歌ってたと思うんですけれど、
詩は女の人に書いてる詩が多いんですけれど、
ほとんど自分のことですね。

江原 :独り言っていうじゃないですか。

よく自分で考えていることを、知らない間に独り言を言っている、
だから、その独り言の究極の形で、
音楽との通じていてね。

だから、あるとき友達だったり、あるとき自分に言い聞かせていたり、
そういう形が、逆にすごいエナジーがこもって表にでたということなんでしょうね。

小室 :理想も入れたし、夢もいれましたし。

まずいですね。
もう、完全にオーラペースになってますね。



天才といわれた、ヒットメーカーの孤独

女性のために作った曲でも、
詩の内容は自分の気持ちだったという小室さん

当時の気持ちを表したヒット曲もありました。


小室さんのユニット、H Jungle With tの
「ウォウ・ウォー・トゥナイト」(95年)

 ♪温泉でも行こうなんていつも話してる
  落ち着いたら仲間で行こうなんてでも

  全然暇にならずに、
  時代が追いかけてくる
  走ることから逃げたくなってる


いくらヒットを飛ばし、記録を打ち立てても、
も癒されないたましいの孤独が

それを救ったのが、現在の奥さん
KCO(ケイコ)さんだったのです


美輪 :小室さんの人生って、
こうやって今笑ってらっしゃるのが不思議なぐらいの
ずーっと笑いのない人生なのよね。

微笑みのない人生は、小さい頃からずーっとそうなの。

江原 :こんなことをいっては失礼だけれど、
いや、本当によく生きてこられたなと。

小室 :ええ。

美輪 :普通ならどうやって笑ったらいいんだか、微笑んだらいいんだか、
忘れるような人生でいらしたのよね。

小室 :もうだめかなと思ったことも何度も、何度もあります。

美輪 :一人ぼっちは怖いから大勢のなかにいたいのね。

大勢の中にいたいんだけれど、
コミュニケートされるとうるさいの、
だから、大勢の中にひとりでいたいの。

小室 :そうですね。

江原 :それで、コミュニケーションを望んでないわけじゃないんです。

でも、時間が無かったりということがずーっと続いてて、
家族とか友人とかがある意味鍵盤であったりとか、
詩であったり、会話でね。

今の奥さんと出会うまでね、
人との会話が出来てなかったんじゃないかと、
ごめんなさい。

小室 :なかったです。
うーん。



小室さんの孤独なたましいを癒した女性、
それが今の奥さんのKCO(ケイコ)さんです

2人の出会いは14年前、
そこでとんでもないアクシデント
(オーディションで客席に転落。)

アクシデントにもめげず、歌唱力を発揮し、
なにより、小室さんの心をとらえたのは、
その歌声でした

天才プロデューサーをうならせた高音の輝き

1995年 globeのボーカルとしてデビュー

数々のヒット曲を世に送り出していきます


もちろん、当時の2人は、仕事上のパートナー

KCOさんは、小室さんを先生と呼んでいましたが、
2人の関係は徐々に近づいていきました。

そして、2002年2人は、結婚
小室さんにとってKCOさんは、
人生のパートナー

孤独なたましいを癒してくれるかけがえのない女性と出会ったのです



国分 :この世から無くなると困るのが奥さんと。

小室 :ええ。

国分 :奥さんはどんな存在ですか。

小室 :子供ですね。

美輪 :どちらが子供ということですか。

小室 :僕ですね。

美輪 :あちらから見て小室さんが子供ということね。
そうかもしれませんね。

人間というものを信じられるようになったのは、初めての方じゃないですか。

小室 :はい。はじめてです。

江原 :奥様だけではなくて、奥様と向こうの家族もひっくるめての結婚という感じ。
だから、すべてを得たんですね。

それまで、お家も実家もあっても、
常に自分と自分との対話であっただろうなと、
新しいお家に自分と奥さんと一緒に生まれたような気分というか、
そういうような。
人生がまるで変わった。

小室 :そのとおりですね。

江原 :お父さんてこうなのか、お母さんてこうなのか、
家族ってこうなのか、
親戚、身内、ああ、こういう風な感じなのかって、
それも、びくびくするような感じじゃなくて、
スポッと入れられた感じ。

今まで、孤独を味わってきた部分のご褒美でもあったんじゃないですか。

国分 :KCOさんのご家族の影響はありますか。

小室 :初めて、親子とか親戚とかがこういう風になりたっているんだとか、ここ何年で学びましたね。

本当になにも知らなかったですね。
一年での、お祭りとかお盆とか、こんなに知らなかったのかというぐらい。

美輪 :それは、現代に生きてる人は、
七夕まつりいいなとかね、
そういう情緒とかいうのが感じられるのは、
現代の人は少ないんじゃない。

現代の申し子みたいな方だから。

江原 :とにかく衣食住まったく頓着ありませんでしたでしょう。

小室 :まったくなかったですね。
宇宙食でいいっていってましたからね。

江原 :今は、そうじゃないですか食事をいただくというよりは、
栄養という数字の上だけだとか。

美輪 :盛り付けの知恵みたいなものが現代は、まったくないじゃないですか。

江原 :そう。
満たされればいいみたいなね。

それが、昔は、季節を楽しんだり、美を楽しんだりとか。

小室 :初めて、正月の餅をつきましたね。
生まれて初めて。

おもちが出来るプロセスがそこで見えたというかね。
切り餅しかないじゃないですか。

江原 :現代の人は、それこそお餅ができるのがわかってないかもしれません。

美輪 :畑で木になっててね、お餅の格好のままでてくると思ってるんじゃないですか。

江原 :それがわからないお子さんが多いといいますね。
なすがどうやってできるかわからない、
なすは土の中に入ってるとか変なことを言うお子さんとかね。

小室 :餅できるとき唖然と立ち尽くしてましたからね。
だんだんできてるよみたいな。

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。