命日に起きた不思議な出来事


○19年間海をさまよった手紙


「この手紙を見つけた人は、
   僕に返事を書いてくださいね。」

1984年それは、親切な男性のところに流れ着き、
母親のもとへ届けられました。

その日は、少年の命日でした。

手紙を書いた少年は、交通事故で亡くなっていたのです。



・2003年7月手紙の入ったビンがフロリダの海岸に流れ着きました。

手紙を書いたのは、ロジャー・クレーク君、
住所はオハイオ州ハミルトンでした。



ロジャー君は、1984年に家族でフロリダ旅行に行ったときに便に手紙を入れて流したのです。

ところが、1998年、ロジャー君はバイク事故で帰らぬ人となったのです。

ロジャー君の母親リサ・ファーガソンさん。

母親 :息子は、私の人生の中でとても大きな存在でした。


2003年のフロリダ州センドピーターズバーグの一家の家の前に流れ着きました。

手紙を拾った男性 :
 裏庭の運河でビンが浮いてるを見つけました。
最初はごみかと思ってほっておくつもりでした。
でも、どうしても気になって拾い上げてみたのです。


ロジャー君が流したクリアウォーターから車でわずか30分のピーターズバーグに流れ着いたのです。

しかも、ロン・スミス(手紙を拾った男性)さんとは不思議な縁がありました。

ロン :こんな素敵な出会いは初めてです。

手紙を出した男の子は、オハイオの少年だったのですが、
私も出身はオハイオなんです。


○さらに不思議な偶然は続きます。

ロンさんが連絡を取ると、母親はフロリダに来ていたのです。

母親 :毎年、命日には、オハイオを離れて、フロリダに来てるのです。

ロンさんが手紙を渡したのは、7月10日。
その日は、ロジャー君の命日でした。

ロン :彼が亡くなったと聞き、大変ショックを受けました。
私も、最愛の孫娘を交通事故で亡くしたのです。

大切な家族を亡くしたのは、私もロジャー君の母親も同じ気持ちだと思います。

ロジャー君、素敵な出会いをありがとう。
そう伝えたいですね。


□ロジャー君の手紙は、悲しみを癒す希望の手紙でした。





○命日のメッセージ

国分 :よく命日に自分のことをアピールすることがあるというお話がありますけれど。
まさに、そんな感じですね。

江原 :それと、あの世はつながってますから。
だから、この方の孫娘さんも亡くなってますから、同時にそういうメッセージを伝えてるんだと思うんですよ。

要するにまだ生きてるんだよという希望というメッセージを。


それに、日常の中で命日にいろんなことが起きる人がいますよ。

ここまで、大きな話でなくても、命日に忘れてて。

道を歩いてたら、亡くなった方のお友達とばったり会って、
「何年ぶり?」とかいってたら、そういえば今日命日だったとか。

国分 :そういえば、(研)ナオコさんも命日に不思議な体験を。

研 :わたしじゃなくて、すごいのは主人。

命日の前日に、夢に出てくるの。

国分 :亡くなった方がですか?

研 :そう、何人か。
起きてから、「そうだ、命日だ。
夢にでてきたんだよ。」とか。

美輪 :なんで命日なのかしらね。

私、エディット・ピアフ物語をやったじゃない。

舞台やってて、七転八倒したの。

打ち上げなんだけど、とてもいけない、病院に予約しなきゃどうしようって。

そしたら、役者さんが、「そういえば、ピアフの命日だったんですよ。」って。

「しまった。」って、ピアフの命日がこの日にあるからね、
みんなに黙祷しましょうねっていって忘れてたんですよ。

それから、楽屋にいってお祈りしたらすーっと取れちゃったの。

梅沢 :僕も、おふくろの命日忘れて劇場に行ってたもんですから。

ものすごくストレスたまって大変で忘れてたら、
朝にものすごい雨が突然降ってきたんですよ。

おふくろの死んだときもすごい大雨だったらしいんですよ。

雨が、ざーっと降って劇場までどうやって行ったらいいのかわからないぐらい降ったから。
あっ今日は、おふくろの命日だって。

だから、ごめんなさいって手を合わせましたよ。

本当に、そんなこともあるんです。

研 :(スピリチュアル関係では、)だめなことが多いですよね。

梅沢 :本当にだめなことが多かったんですよ。

(祈祷などをしてもらって)良くなったことなんて一回もないですもん。
なにやってんだこいつらっていつも思ってましたもん。

うらうらとかやってね。

本当にいいことなんかひとつも無かったんですもん。

でも、ここに(「オーラの泉」に)来ていろんなお話を聞いてから、
少しずつ考え直しをしましたね。

美輪 :とにかく、おかあさんが一番心配して、心残りだったのはそのことだったのよ。




前田日明さんの人生の転換点


・格闘技のカリスマ 前田日明さん

06年12月に入籍
07年48歳でお父さんになりました。

その前田さん独身時代のメッセージ


美輪 :前世は、日本や各国の武将だったりで、
戦いの人生なの。

江原 :政治、思想、戦い。

美輪 :だから、もう、戦いの時代は終わりなさいっていうこと。
そのカルマは終わり。

これからは、愛情とゆうもの、優しさ、慈しみというもの。

慈悲の心、
悲というのは、母親の心で、自分は苦労してもこの子には絶対苦労させない。
自分が血を流してでもおんぶして谷やがけを上ってゆくみたいなね。

その悲のこころの修行が今から始まりますよということなんですよ。

江原 :中国にいたときも、子は宝っていって本当に子供をかわいがったんですよ。
だから、育てるはぐくむ気持ちはあるはずなんです。

国分 :子供というのは自分の中でどうなんですか?

前田 :大好きですよ。 

国分 :自分の子供というのは?

前田 :ちょっとイメージしにくいですね。
まあ、でもできたらかわいいだろううなと思いますね。




□現在の前田さん

前田 :自分の生活が変わりましたね。
結婚したということと、子供が出来たということですね。

格闘技をやっていたので、子供が出来にくいといわれていましたので。

それがですね。
何日かたったときに、女房のおなかの中に白い龍がいる夢を見てね。
それで、そういう夢が続くんですよね。
変な夢が続くなと思って、それで、しばらくして妊娠したって言われて。

だから、息子に関係するもんだと思うんですよね。



・前田さんの長男 武慶(たけちか)くんについて

前田 :何回もいっしょにいろんな時代を生きてきた奴なんですよね。
自分と何回も何回もね。 今回あーそーだと思ってね。




美輪 :楽屋にみえてね。
江原さんや美輪さんがいうようになりましたっていうの。
結婚しましたって。

そして、子供が生まれましたって。
まだ発表してませんけれどっていって。

『これからは、戦いじゃなくて、愛の人生が始まる』って
そうおっしゃってた。

国分 :前田さんは前世でも会ってたんじゃないかって言ってましたが。

江原 :勘のいい方ですからね。
もともと、能力を持っている方でもあるから。
それは、そうだと思いますよ。




・節目のゲスト

国分 :丸山弁護士が気になりますね。

やることがなくなったら政治家になってもいいかなと言っていましたが、今はもう政治家になっていますね。

江原 :内心待ってましたよね。

美輪 :政治家になるのを待ってたの。

江原 :自分でふんぎりつけるかどうかの迷いがあったと思いますね。

美輪 :いろいろ片付けなければいけないごたごた、駆け引きが終わるのをじーっと待ってらっしゃったの。

国分 :放送されませんでしたが、丸山さんの腸にポリープがあるという話しをしたじゃないですか。
本当にあったらしいんですよ。

江原 :それもメッセージですね。
注意しなさいというもので、ときどき見えたりする時があるの。

それで、お伝えしたんです。
私は、医師ではありませんので、ちゃんと病院に行って検査してくださいと。

本当にこの番組は、節目の方が本当にいらっしゃいますよ。


丸山弁護士に送られたメッセージ


・07年に政治家となった丸山弁護士に一年前に
送られたメッセージ


丸山 :美輪さんは好きだったんです。

ヨイトマケの唄を何回もカセットテープで聞きまして
ジーンと感動しました。

僕が、総理大臣だったら、迷わず文部科学大臣にしますね。
日本の国が、ずっとレベルが高くなります。

でも、そんなポジションが一番嫌いな人じゃないかと思うんですよ。

美輪 :昔、そんな話があったんですよ。
選挙にでてみないかって。

だから、「私が落ちぶれたらなりましょう」って言ったんです。

丸山 :私は、そんな話があったわけじゃないですが、
なんにもやることがなくなったら、政治家をやったりして。



□今の丸山弁護士

丸山 :やることがなくなったときにやるといってた政治の世界に入りました。

私の心境は、「一人、冬の荒野をひたむきにあゆむ」という感じですね。
でも、そこにはふつふつとたましいが燃えるところがありますから、
けっこう楽しんでおります。

また番組で、たましいのトークをまたやりたいと思っております。
よろしく。






・格闘技を引退して、いまや作家・タレントとして活躍する須藤元気さんが現役だったころのメッセージ

江原 :前世はいくつもあるんですけれど、その中で一番もとになっている極端な例というのは、
ご自身の憧れで、修行僧になられているんですよね。

それでいて、ずーっと山暮らしをしているんです。

いろいろ言い方はあると思うんですが、「里の業」といって親族の方を捨てられて山に入っているんですね。

須藤 :一回自分のとコンタクトをとって「現世のテーマ、役割はなんですか?」って聞いたら、
家族を大切にって言われたんですよ。

いま、言われたとおりだなと思って。

僕もいわれたとおりこう見えても内向的な方で、人付き合いはあまり得意じゃないんですけれど。

美輪 :嫌いなのよね。 わずらわしくて。

須藤 :家族を大事にというのと江原さんが言われたのがつながったので。

江原 :でもね、キーワードがひとつ「里の業」を忘れないようにということなんですよ。

須藤 :そろそろ東京を離れて山に住もうと思ってたんですけれど、もう少し東京にいて。

美輪 :もう山は散々こもったじゃないですか。

須藤 :富士山が好きなんですよね。



□今の須藤元気さん

須藤 :お二人に「里の業」というのをアドバイスいただきまして、
それから僕自身、格闘技に対してと結婚して家庭をもって「里の業」に励んでおります。

ただ、僕自身「山の業」もすごく好きでして、まだ「山の業」の方が多いかも知れませんが、バランスをとりながら世の中を良くしていく、ポジティブなことを伝えていくメッセンジャーの一人として活躍しゆきますので、これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。




2008年に向けてのメッセージ


・2008年のメッセージ



国分 :今年はじめ江原さんがですね。

『地揺るがされるな』

というメッセージがありましたが、

2008年のメッセージとは。


江原 :今年は、地ゆるがされるとか
足元をゆるがされるとか申し上げときましたが、
本当に常識を覆されるような出来事。

自然界では、地ゆるがされたところがあって、
でもそれをポジティブに切り替えていくことが大事だと思うんです。



2008年は、

すべての膿を出し切り 水に流す年

今までの延長線で、膿を出し切るだろうと、そして水に流れるだろうと。

だから、清き水なんです。

清き生き方のために、自分自身にも清き水を流していこうという、
心構えが必要ですという年です。

国分 :いい方向に向かってゆくんですか。

江原 :膿を出し切るんですから。

だから、みんな清き水を求めるようにならなきゃいけない。

いやなことは続くかもしれませんが。

だからこそ、光と闇ですから。

闇を知って光を知るんですから。

膿を見るからこそ、清き水の方にみんな求めてゆく。



美輪 :今年から、それがぼつぼつ始まってきたのねそれが。

性欲、食欲、物欲、名誉欲 

みんな欲だけで、バカになっちゃった。

日本人は、ここまでバカになっちゃったらしょうがないと自分で思い出して、
まとも回帰で、CDも「千の風」みたいなまともな歌が大ヒット。

スターになったのは誰かというと、
ハニカミ王子、ハンカチ王子、まともな人でしょう。

今までみたいにどうでもいい女、せわしい音楽、
もう、そういうものはいらないって言われてるの。

だから、来年、膿を出し切って、それから、そういうものがじわーっと浸透するのよ。

国分 :来年は、膿がでていって消えた感じになっていって欲しいですね。

来年は、みなさんにとって最高の年になって欲しいと思います。

結婚


・今年11月にスケートリンクで結婚式を行った
岡崎朋美さんへの1年前のメッセージ

結婚相手を予告されていました。


美輪 :結婚を夢見ていて、
結婚願望がおありなのよね。

岡崎 :はい。
ただ、こういう感じなのでどういうかたがいいのか。

江原 :いっしょに選手を育てられる人、
それは同じ選手とかじゃなくていいですよ。

それはなぜかというと、一緒に寝食ともにして選手を育てようとする姿が見える。

美輪 :男の人は、大きい人でがっちりしてる。
でも、一見するとおとなしい人よ、だけど、中は強い。
無口でね。

岡崎 :そこまで言われると名前は誰って聞きたいですね。


○ご主人は大学時代野球で活躍したスポーツマンでした。





□今の眞鍋かをりさん

国分 :どうですか?眞鍋さんあれから、ツイードを着た方は?

眞鍋 :いないですね。
やっぱり年配の方ばかりで、若い人がいないですね。

美輪 :今、いらっしゃるんでしょう?

眞鍋 :はい。

国分 :次は学者になる可能性はありますね。

眞鍋 :そうですかね。
小池さんも青木さんもしあわせそうで、今それをいいなしあわせそうでって思えるのがうれしくて。
前は、結婚していく人たちが憎たらしくてしょうがなかったんですよ。

江原 :出会いは運命なんですよ。
結婚は宿命なんですよ。

宿命は、自分で作るものなんですよ。

素材と料理といって、料理を上手に作れるかは自分にかかっている。

だから、小池さんみたいに「結婚してしまいました。」って、それが悪いわけじゃない。
そこは、思いがグセがあるから注意しなさいって、その先の人生が変わるから。

出会う人は、宿命なんです。
宿命の中で、どういう風なものは育てていくか。

結婚は、試練のほうが多いですからね。

指輪の交換は、つるはしの交換。
その日から、労働が待っているんです。

その中で得るのは絆なんですよ。

惚れたはれたは、そこ何年かでしょう。
それを過ぎると、今日こそは別れてやると思うんですよ。

でも、別れないのは絆が出来てくるからですよ。
これも乗り越えた、あれも乗り越えたってね。

美輪 :実体験よ。

眞鍋 :小池ちゃんは、晩婚がいいっておっしゃったじゃないですか、
でも、結果的に早く結婚したっていうのは?

美輪 :別れるかもしれないしね。




江原 :どっちでもいいんですよ。
離婚というのが世の中ありますよね。

離婚イコール絶対悪いということじゃなくてね。
できれば、絆を深めていったほうがいいんですが、
我慢していっしょにいることはないんですよ。

それは、ひとつひとつが学び、それをどうばねにしていくか。

私たちは、誰一人、失敗をしたことが無い人はいないんです。
失敗が、次の成功につながっていくんです。

教訓になってますでしょう。

美輪さんがおっしゃったのは、ただ離婚するんじゃなくて、
勉強。

そうやって、人間性がより深まっていくんですよね。








羽野さんがしあわせになる方法


・進むべき道に間違いなし

江原 :スピリチュアルチェックで、中国のことをおっしゃったことがあったでしょう。

実は、前世でいらっしゃったことがあるんです。

それで、狛犬みたいなものを送り出したことがあったとおっしゃったでしょう。
それは、比喩で、前世では子供を手放したことがあって、あなたは子供をすごく愛してらっしゃるから、子供のためならばウサギの着ぐるみなんか怖くない。

家を出るのも子供のためならば別に構いはしない、それでうまくまわってゆくならばとか。

子供の象徴として狛犬で夢の中に出てくるのね。

前世では、見送って晴れ晴れしたのですが、本当ならば育て上げてそうしたい。

羽野 :心配でしょうがない。
遊びながらのようだけど、ころころ転げているのが心配でしょうがないという初夢だったんです。

江原 :私が見えるだけで言うと、日本的には側室で自分が最後まではみることができないんですよ。

親子でありながら、親子でない、連れて行かれてることがあって。

だから、今回、なにがあっても子供を放したくないはずなんです。

子供が、独り立ちしたら、私の役割が終わるという信念でしょう。

羽野 :はい。 そうですね。




江原 :真剣な相談になっちゃうんですけれど、
その羽野さんの気持ちがどうしてわからないのかね?

羽野 :そうですね。

江原 :私は羽野さんが気の毒でならない。

本当に難しい世界だと思う。
素人のわたしがとやかく言える立場ではないですが、
もうちょっと上手なやり方があると思う。

使命やら難しさとかがあるとおもうけれど、方針とかやり方とか、
今を乗り切らなきゃいけないということをスローガンに一家が動いているからそれは仕方が無いけれど。

でも、軌道修正は絶対忘れてはいけないですね。

羽野 :そうですね。 はい。

美輪 :でもね。 相手があることでしょう。

あなた一人がそのつもりになっていても相手がいるからね。

相手が、まったく普通の話が通じない方だから。

羽野 :私が伝えるのが下手なんでしょうか?

江原 :違う。 

羽野さんじゃなかったらとっくに終わってると思いますよ。

伝え方が悪いわけじゃない。 いいか悪いか言えるとしたら、
がんばりすぎかな。

これから、その羽野さんの気持ちが裏切られることになったら辛い。
それだけがんばったのに理解されないのは。

美輪 :子供も育ててるし、ご主人も愛してらっしゃるし、とても立派。

でもね。

愛情と根性だけじゃどうにもならないことはいっぱいあるんですよ、
世の中は。

羽野 :私は、これからどうしたらいいかわからないんですよ。

美輪 :正解の道をあゆんでらっしゃるじゃないですか。

江原 :うん。 あゆんでます。

ご自身とお子さんのことをかんがえたら正解の道なんですよ、今は。

美輪 :たまに、昼でも夜でもお会いになるじゃないですか。
それが、普通の健康な家庭なんですよ。

それを選んだんだから、それでいいじゃないですか。
正解ですよ。

だから、あとは経済的自立、それをどうするかそれだけですよ。

江原 :だからこうやって仕事を再開して、それはお子さん自体には迷惑かからないでしょう。

こうやってでることで、お子さんの問題点もなくなる。
お子さんも好奇の目にさらされてかわいそうじゃないですか。

羽野さんの気持ちを述べることで、それに子供を守っていかなくちゃならないし。

だから、選択してこられたことは間違いないと思いますよ。

羽野 :そうですか。

江原 :それと、お嬢ちゃん子供ながらにとっても我慢してる。
それで、すごくよくないぐらいいい子。

子供だから、もう少しわがまま言っていい。

美輪 :それとね、この子は小さいながらこの家を守ろうと思ってる。

羽野 :弟の面倒もみてくれるし、子供ながらけなげなんです。








・今が大事な時期

美輪 :とにかく、元彌さんがしっかりすれば問題ないの。

あんたみたいに、狂言界のためとか、子供のためとか思うのなら、
プロレスにでたりとかきわものみたいなものは一切やめて、
狂言界に頭下げて回るの。

稽古も一人じゃ出来ないから、野村さんとかいろんな人たちがいるんだから、稽古をお願いしますって頭さげていって正統派に戻るんですよ。

それを全部、元彌さんがやるべきなんですよ。

江原 :羽野さんの守護霊さんがいらっしゃってね。
これが、とても立派な方でね、家自体は刀鍛冶のようなところのお上さんだった方がいらっしゃってね。

羽野さんは、人の面倒を見るのがぜんぜん苦にならない人ですよね。
むしろ、好き。
だから、お上さんタイプなの。

あなたのような人が、和泉さんにおいても未来を作っていける人なんですけれどね。

だから、ご先祖さんからしたら、むしろ迎え入れられた人なの。

なのに、現世のほうが、ぜんぜん気づいてないの。
ごめんなさい。 口が過ぎました。

羽野 :とついで何年間か過ごしてましたけれど、
あんまり、お嫁さんの出る幕はないので。

江原 :また、それを学びましたよね。

羽野 :そうですね、彼は、協会からも除名されちゃったりもして、本当に一人で孤独にがんばっているんですけれど、
息子もいるので、2人で一からがんばられたらどうですかという風に応援してはいるんですけれど。

美輪 :今は、別居なさって新しい絆をつくってそれで正解だということですよ。


江原 :こうやって連れてこられたのも、和泉家のお父さんなんですもの。

美輪 :元彌さんのお父さんやおじいさんには、人間国宝がいたんですよ。
なぜそれを大事にしないのっていうのよ。
それをやっていれば、おじいさんもお父さんも大喜びですよ。

江原 :なぜお父さんが連れてきたかというと、お父さんは羽野さんの方の味方なのね。

だから、自分が悪い嫁になって来ちゃったとか、悪い誤解は解いたほうがいいですよ。

羽野 :このいろいろなマスコミバッシングが、結婚のときからはじまってるんですね。
だから、申し訳ないというのがあってね。

江原 :それは、妄想ですよ。

バッシングされて、いこじになって悪いほうに追い詰められちゃっているのね。
だから、全部裏目にいってね、そんなことより大道を行けばよかったんですよ。

羽野 :息子と元彌さんは、本当にそれだけをやらせてあげたい。

江原 :だから、羽野さんじゃない。

ご主人が今がかなめだということ。

今、気が付かないとすべてを失いますからね。

羽野さんは、がんばろうと思ってらっしゃるけれど、それはいつまでもじゃないですよ。
タイムリミットがありますよ。

それで、ダメだったら羽野さんもばっさり切りますよ。

それは、もちろん望んでするべきことじゃないですよ。
それは、失意ですよ。

羽野 :そうだと思います。

江原 :今、軌道修正すればいい。

奥さんじゃなくて、だんなさん。

美輪 :私が、面と向かって言って上げたいわよ。

国分 :僕も言ってるところを見てみたいです。






・最後に

羽野 :みなさんこれに出られた方は、すっきりして帰えられると聞いたんですが、荷が重いです。

困っちゃった、がんばるしかないです。

みんなでがんばってしあわせになるしかないですね。



羽野さんが芸能化に復帰した理由


・伝統芸能を受け継ぐ子供

国分 :羽野さんから見てお子さんが厳しい生活に入っていくわけじゃないですかそれはどうですか。

羽野 :不思議で、元彌さんって半分私のものであって、半分私のものじゃない感じがあって、日本の伝統芸能を継承していかなければいけないということで。
半分は、日本のものだという感じがあるんですね。

男の子が生まれたときも、嫌いにならないで後々ずっとつないでいって欲しいなということを本人が大人になっても思ってもらえるように育てていかなければいけないなと思っています。

国分 :男の子が生まれたら半分は日本のものって思っちゃうわけですか。

羽野 :旦那様の元彌さんもつながっていかなと600何年も芸が受け継がれてきてるのに、私の子供にはやらせられないわというのは言えないので、素敵なことをやってるんだと思ってもらってやってくれるといいなと思ってますけれど。







・目立たないように復帰したかった芸能界

今年、和泉家を出て、芸能活動を始めた羽野さん。

国分 :また、芸能活動をはじめたじゃないですか。

羽野 :はじめちゃいました。
最近、決めちゃいました。

実は、あんまり目立たないようにできないかなと思っていて。
でも、まあいいかと思って。

国分 :久しぶりにコントをやってどうでしたか?

羽野 :楽しかったですね。

国分 :またやりたい気持ちになってくるんですか?

羽野 :許されるなら。

でも、元彌さんからは、「よく考えろ」と言われましたよ。

国分 :「よく考えろ」と、それはどういう意味ですか?

羽野 :ウサギのきぐるみを着ているお母さんがいますかと。
でも、仕事だし、コントだし。

シチュエーションもあるから、日頃からウサギでいたらおかしいでしょう。

国分 :おかしいですね。
それは、みんな止めますよ。

羽野 :そうでしょう。
だから、いいんじゃないのっていったら。

「狂言の奥さんがウサギの格好をしていたら、
皇室の園遊会に呼ばれますか? 行けますか?」って言われて。
申し訳ありません。
私はそのときはご遠慮しますので元彌さんだけで行って下さいって。

美輪 :じゃあ言ってやればよかったのよ。
変なプロレスしたり、妙な格好してちょろちょろでてこないほうがいいんじゃないですかって。
おっしゃればよかったのよ。

よく人のことが言えると思いますよ。

羽野 :私の友達も言ってくださるので、
私の気持ちとしては、いいじゃない一緒にウサギを着ましょうよって思っているんですけれど。







・芸能界へ戻る理由

国分 :芸能界に戻ろうと思ったちゃんとした理由があると思うんですけれど。

羽野 :本当に、実家に帰ってどっかでアルバイトしてもしょうがないというか。
私、お仕事をさせていただきながらあんまり苦労してないというか、
すごい恵まれていたんですよ。

今、おうちがたたかれているじゃないですか、それで、おうちで黙ってみているしかないんですね。

つらいじゃないですか、そうじゃないんじゃないかと思っていても何にもしてあげられないこともあったりなんかして。

私の、3歳の息子が初舞台をしなければいけないんですけれど、子供がみんなに愛されて舞台に立ってほしいというのが一番の願いで、そんなにいやな世界じゃないのにその世界に飛び込ませるのがつらい。

舞台に立つときは、子供だからといって多めに見てもらえるわけではないから大人とおんなじように稽古して、舞台をやるわけですよ。

そんな気持ちでやっているのに、ブラウン管を通してはいやな風に伝えられちゃうと寂しいですし、私が仕事をしてたときの周りの人は決してそんな人たちばかりじゃないので私が仕事に戻れれば、私とおんなじように周りに愛されて欲しいという気持ちがあって戻って来てもいいかなと。



国分 :今回はどんなメッセージがあるんですか。

江原 :今回は、困るんですよ。

羽野さん自身聞きたいことってあります?

羽野 :はあ。

江原 :今回は、今までおっしゃったことを伝えたくて(ゲストとして)いらっしゃったでしょう。

羽野 :そうですね。 それはあります。

江原 :羽野さんは、今、お母さんになったの。

母は強し、とにかく今は、子供のことだけ考えてると思うの。
子供をどう守り抜くかに懸命だと思うの。

お仕事の再開も、将来のためにも子供のためにも、経済が必要ということもあって、ご主人おうちの経済的な問題もあって自分だけがのんびりしているわけにはいかないっていうところでものすごくがんばってらっしゃるって思う。

羽野晶紀さんの結婚までの道のり


今週の「オーラの泉」2時間SPのゲストは、
羽野晶紀さんでした。
5年ほどのブランクをあけて芸能界に復帰したことから、
プライベートなことなどいろいろな話題が聞けました。


・スピリチュアルチェック

 小さい頃なりたかった職業はなんですか :
 山本リンダ、ロボコンのロビンちゃんにあこがれました。

 自分の性格を一言でいうとなんですか :
 気が長い。

 海外でなぜか心引かれる国はありますか :
 中国

 印象に残っている夢はどんな夢ですか :
 20歳から25歳までに見た初夢で、2匹の太った狛犬を旅立たせる夢。

 なにか不思議な体験をしたことがありますか :
 今、私が住んでいる家に、小さいおじさんが住んでいるみたいです。

 今後の人生の目標を教えて下さい :
 みんなハッピーに暮らしたい。






・江原さんとキビ団子

国分 :この番組は見たことがありますか。

羽野 :大ファンで、はじまった当初から見てました。

国分 :その番組に自分がでているということは、
もしかしたら、呼ばれたのかもしれませんね。

羽野 :まさか私が、そういうことになるとは、夢にも思っていませんでした。

江原さんとは、浅草に遊びにいくとキビ団子をいただくお店に江原さんのお写真が飾ってあるのでどんな共通点があるのかと思って。

国分 :江原さんとキビ団子はよく合いますね。

江原 :おいしいですね。
あそこのキビ団子。





・不思議な「小さなおじさん」

羽野 :私が、泉さんの家を出たときが一番大変ですごくお会いしたかったんですね。
お願いします。

国分 :不思議な体験で、「小さなおじさんがいるらしい」というのは。

羽野 :5歳の長女の友達がよく遊びに来てまして、
「采明(あやめ)ちゃんちの2階に小さいおじさんがいるよ」ってふと言ったんですね。

その何日か前に、3歳の長男を眠らせているときに、誰もいない方向に「おじさん、おじさん」って何回も言うんですよ。

何を言ってるんだろうこの子はっていう感じで眠らせたことがあったので2階にいるのかなって。

国分 :同じ場所で目撃してるんですか。

羽野 :はい。

国分 :一番興味のある話で、この「オーラの泉」でよく出てくるんですけれど、
釈由美子ちゃんの排水溝に流したおじさんとか。

羽野 :そう。 そしたらね。
小さいおじさん目撃者の男の子は、その子のお家にも居たらしくて、
お手洗いに流れていったんですって。

国分 :流れていくタイプなんですね。
的場さんのときも、自分の髪の毛を結んだりとか、いたずらをするんですよ。

羽野 :子供たちも怖がってないし、逆にうれしい。

国分 :これは同じなんですかね。 妖精みたいな。

江原 :そうそう。 よく覚えていらっしゃいましたね。

国分 :すごく、興味ありますから。
悪いことをしようとしているわけではないんですよね。

江原 :自然霊的なものは、無邪気な人とか優しい人のそばにしか来ないんです。

だから、子供が見る率が高いんですよ。

大人になっても見える人は、子供のような無邪気さを持っている人。

私はね。 そういうもの見える人が霊視とかしてね。
白雪姫とかそういう物語を作られるのかもしれないと思うんですよ。

国分 :僕は、そういう人になりたいんですよ。
小さなおじさんを見るのを目標にします。

美輪 :じゃああなた大丈夫、鏡を見ればいいんだもの。

国分 :ということは僕が小さいおじさんですか。
年齢的に33歳になるので、少しつらいですね。





・結婚までの道のり 

羽野 :(舞台)ロミオとジュリエットで泉さんと出会いましたね。

この方が相手役ですっていうので、お会いしたときに結婚式の新郎さんみたいな白いスーツの私服で来たんです。

この人はどこから来たんだろうという感じで、私は、オーバーオールにサンダル履きでリュックサックをしょってあんまりの差に本当に申し訳ないなって。

私が、ジュリエットの役をやるまでにとても時間があった私と、初舞台でロミオをやれる元彌さんだったんですね。

大人になると、だんだんはじめてのことがなくなっていくじゃないですか。
でも、この人の初舞台をとっても大事にしたくなっちゃったんですよ。

そんな感じで、心が通っちゃいましたね。

国分 :それは、公演が終わってからお付き合いが始まったんですか。

羽野 :そうですね。
それで、狂言を見に行かせていただいて、立派なご宗家さまだったんだわっていう感じだったんです。

それでいろんなギャップを感じながらお付き合いして行ったんです。

でも、彼と結婚するのは大変でした。
結婚するまで、もうだめってことがなんどもありました。

だから、この方と一緒になるはずだったのかなって思うんですけれど。

美輪 :微妙ね。



秋吉さんが女優になったきっかけ


・女優になったきっかけ

国分 :女優になろうとされたきっかけはなんですか?

秋吉 :子供の頃からなにかを表現するのはすきだったんですけれど、
大学を落っこちてもう一年勉強するのも嫌だしと思っている中でスカウトされて。

ほいほいやったら大変だったんです。
これから自由だと思ったら、高校より自由じゃなかったんです。

フレームの外にでちゃいけいことはすごい拘束だと思います。

国分 :今までの人生フレームの外にでることもたくさんあったとおもいますが。

秋吉 :だからすぐフレームから出たくなっちゃうんですね。

国分 :でもなぜこんなに続けられるんですかね?

秋吉 :手ごたえと、拘束がないと自分はこの人生何もしないで終わっちゃうだろうなという。
拘束がないとなにも残らないということを元から気が付いていて、拘束やプレッシャーがあるからなにか形にのこせるんだろうなっていう。
ちょっとマゾヒスティックなところもあって。








・不思議な能力

江原 :ここにいてぜんぜん違う場所を見ることって多いですか?

秋吉 :はい。

江原 :オーラを見ていたんですが、赤も強いですが、紫もあって、
千里眼というここにいて別の場所を見るある種の透視とか霊視のことです。

オーラの色の変化をを見ていて、あっ別のところを見る人だって思ったんですよ。

秋吉 :大ロマンを生きることが出来るという、楽しいことが出来ます。

江原 :トリップできるということ。

秋吉 :300年前のモンゴルの風とか、そこを通り過ぎる馬とかそういうのがふっと来たりするときがあって、あっこの感じはわかると思って生きてたりとか。

江原 :歴史の深い場所に行くと見えるという。

美輪 :遠隔透視というやつね。

たとえば、(国分さんの)あんたのうちを見るつもりもなく意識もしてないのよ。
だけど、ふっと見させられるときがあるのよ。

国分 :それはだれかにですか?

美輪 :それは、ふっとそこにいってその人や家族がどうしてるとか何を考えているとかぱっとわかる瞬間があるのよ。

国分 :それはなにかのメッセージがあるからみさせられるんですか?

美輪 :上のほうからの指令で行ってやりなさいアドバイスしなさいとういこともあるし、
いろんなケースがあるのよ、だから、ひとつの原因でこうだとはいえない。

江原 :ただひとつだけ、余談ですが、後ろの守護霊さんという方がいらしてそのかたは、現世の血筋にあたるかたじゃないかと思うんですよ。 要するにご先祖さん。

何かの職人をなさっていた男の人でいらっしゃって、
「定住地を定めなさい」っておっしゃるんですよ。

それでいて、秋吉さんは、常に変化を求めてしまう人なんです。
でも、そろそろ定住地を持ちなさいと。

それは、現実の上とかいうよも、心の上という意味が強いみたいです。

物質というより、心でしょうね。

秋吉 :場所は難しいんですよね。
ここだというぴっとしたところがないんですよね。

江原 :場所はつくるんですよ。
秋吉さんの場合は、定住した場所を持ったことがないの、心の上で。
自分自身でエナジーを耕すことも大事なんですよ。

秋吉 :大変ですね。

美輪 :大変じゃありません。

古代人の意識で社会で生きてきたわけでしょう、それを全部清算して、今生では普通の人の人生を学びなさいということなんですよ。

江原 :そこに加えさせてもらうと、家族間。

秋吉 :素晴らしいですね。

江原 :ずっと見ててね、家族間はないんですよ、
今生でも生まれて家族の中でもどこかクールなところがあるんです。

だから、自分の家族というのも定住地なの、心の定住なの。

美輪 :だから、あなたがそれをできるということを犬が証明してるじゃありませんかということなの。

犬でも家族なんですよ、犬に対して、父親の母親の役をやってらっしゃるじゃありませんか、それが人間に代わるだけですもの。

秋吉 :人間だとできないんですよね。

美輪 :人間不信があるから。

江原 :動物の場合、100%の愛情をかけると100%返ってくるんですよ、それが人間の場合そうはいかないんですよ。

秋吉 :だから、勝手にやってほしいなと思う。

美輪 :そういう人間ばかりはいないの、私がいないとどうなるだろうこの人はという人もいるんです。

江原 :いつもいっしょじゃなくて、つながっているという意識。

それが定住ですよね。








・自分の愛し方のヒント

美輪 :もうそんなに自分をいじめないで、もっとおおらかに自分を愛してあげて、慈しんであげたらという時期に来てるんですよ。

秋吉 :それがわからないんですよ。

美輪 :入り口がわからないのよね。

秋吉 :自分の愛しかたがわからないんですよね。

江原 :周りの人は、ご自身を愛してるようにみえていますがぜんぜん違いますものね。

秋吉 :どうしてみんなあんなに自分を愛せるのかとおもっちゃって、
自分を愛してる人にすごく興味がありますね。

美輪 :だから、一番肝心なのは、まず、
自分を愛せない人がなぜ人を愛せますかっていうの。

秋吉 :なぜ人を愛せないかというと、エゴイストとかナルシストとかになりたくないっていう自分に対する危険性を感じちゃうんです。

美輪 :だから、それがエゴイストというの。
自分を傷つけたくないんですもん。

秋吉 :傷つくのはそんなにいやじゃないんですけれど。

江原 :もっと信頼しあう、もっと寄り添いあうことをしてもいいんですよと、するべきなんですよということなんです。

秋吉 :(国分さんへ)自分を愛してますか?

国分 :僕、ぜんぜん愛してますよ。
すげーなー、がんばってるなーって思いますし。

秋吉 :あー。 そういうことか。
よくわからないのはそういうことなんですよ。
そうか。

すごいな、がんばってるなとかあまり思わないんですよ。
そういうことなんですよ。

自分をほめてあげたいとかあんまり思わないんですよ。

国分 :ほめてあげましょう。

秋吉 :それがわからないといってた内容なんですよ。

なんか、いつも足りてないと思っているんですね。

国分 :なにかヒントになりました。

秋吉 :なりました。

国分 :僕も役に立ちましたね。
ここで役に立ったのは久しぶりですね。

秋吉 :自分の愛し方という意味がわからなかったんですよ。

秋吉久美子さんの前世


・小さい頃なりたかった職業

国分 :小さい頃になりたかった職業が弁護士というのはなぜですか?

秋吉 :小さい頃に子供たちと遊ぶのがあんまり好きじゃなくて。

大人の中にいるのが好きで、大人って噂話が好きじゃないですか、
だから、これはこうした方がいいっていってたんです。

国分 :大人に対してアドバイスをしていたんですか。

秋吉 :はい。

子供って叫ぶじゃないですか、キャーとかギーとか。

あれが疲れちゃって。

国分 :まさに僕は、そっち側でしたけれどね。

秋吉 :だから順当に大人になっていくんですよ。

多分、子供だから大人といるのが好きだったのかもしれません。

美輪 :いいえ、そうじゃありません。

前世で、辛酸をなめまくってね。
大人の世界の裏表、駆け引き、
『遊女は客に惚れたといい、客は来もせでまた来るという』
お互いがうそをいい、駆け引きをする。
それが、ずーっと続いてるから。

それを、今世で引っ張ってきてるから、大人の世界にいないんですよ。
まったく、世故にたけた大人で子供時代を過ごしているから。
体が、小さいままの大人だったんです。

江原 :自分にも他人においても、親子の妙な馴れ合いをみるのが嫌い。
自分は、自分でしょっていうの。

美輪 :前世でいろんな大人の世界を見てきてるから、経験が豊富だから結論を出すのがはやいのよ。

経験が豊富だから結論をぱっとだせるのね。

秋吉 :弁護士になればよかったですね。

美輪 :弁護士になるというのも逆なんですよ。

かばってくれる人がいなかったから。
弁護してくれる人がいなかったんですもの。

秋吉 :私の前世大変じゃないですか。

江原 :大変ですね。
その分の再生(生まれ変わり)の回数も多いしね。








・前世の記憶

江原 :今の苦労の本体になっているのは、2回ありましてね。

ひとつは、日本。

その前は、インドとか、今の時代でもいろいろあるけれど。

昔、言葉は悪いですけれど、売られちゃってるんですよね。
人身売買。

スピリチュアルチェックで夢で見たところがありましたでしょう。

あれは、まさに前世のことですよね。
本当に悲惨な状況でしょう、寺院の階段の下で死にそうになるというのは。

秋吉 :5段ぐらいしかない階段の一番下ですね。
5段ぐらいしかないから、小さいお寺ですね。

江原 :そこで死にそうになってる状況で喜んでるでしょう。
開放されたからなんです。

晴れて自由の身になったということで、儀式のようなものが顔に米粒をつけるというのはお見送りの儀式で、
もう自分は解き放たれた、もう苦労しなくていいんだっていう。

だから、束縛されるというのは、ご自身の中でもダメだと思うんですよ.
過去世の思い出。

言葉ひとつもこうしなさい、こういいなさいとか自由に話さしてくれないことすらいやだと思います。

秋吉 :いやですね。

国分 :それは夢ではないということですか。
記憶。

江原 :はい。
今生は、その心配はないじゃないですか、でも、それを制圧されそうになると余計にわざと過激に言おうとするの。
それと戦いたいの。

秋吉 :事実以上にね。
そう。 あります、それは。








・今の自分

江原 :それで、今回は、それのリベンジ(復讐)かのように生まれて来られたの。

今回は、束縛されるのが絶対いやだし、それがかなう時代じゃないですか。

だから、秋吉さんは、デビューの頃から人権運動のようなところがあったような気がする。

自分は自分みたいな。

秋吉 :全体主義がダメですね。

全員を生かすために個を殺すっていうのはいやで、
全体の中で真ん中をとって折り合っていくっていうのはいやです。

みんながこうするからべきで、違う要素をいうのは和を乱すとか。

国分 :でも、女優の職業というのはそういう決められた部分があったりするじゃないですか。

そこでの抵抗はなかったんですか?

秋吉 :抵抗もありましたし、悪評もありました。



『秋吉久美子』さんの不思議な能力


今週の「オーラの泉」ゲストは、不思議な発言が多い女優の
『秋吉久美子』さんでした。

今回は、とても不思議な話が聞けました。





・スピリチュアルチェック

 自分の性格をどう思いますか :

  喜怒哀楽が激しすぎる。 おしゃべり。

 ちいさいころなりたかった職業はなんですか :

  弁護士

 好きな男性のタイプを教えて下さい :
 
  あったらわかる。

 想像して下さい。 あなたはとても心地がいい気分です。
 何をしていますか。 :

  もこもこした暖かい群れの中でじゃれあってる。

 印象に残っている夢はどんな夢ですか

  タイとかインドとか日本にあるようなちっちゃいお寺の入り口の何段かの階段の下で楽しそうに死にそうになっていた。
 それをちっちゃい子がお米の粒を体につけてくれて、すごくしあわせな気持ちになった。







・出来事を予知する能力

国分 :スピリチュアルなことに興味はありますか。

秋吉 :なにか、一緒に生きてる感じがします。
不幸なことがあったら、なにかこれも意味があるのかなとか、
しあわせなことがきたらおお来た来たとか。

国分 :それはいつ頃からそんな考え方になっていったんですか。

秋吉 :小さい頃からですね。

ある種の気みたいな感じで、それが大きいものだともうすぐ地震がくるとか。

たとえば、成田で旅行に行くとしますよね、するとどこかレストランでスタッフの人とご飯を食べていると「あれっ、飛行機落ちる」とかって。

みんなが、「やめてよ」っていうと、
「いや大丈夫。
海に落ちたりするんじゃなくて、高速道路の上かなんかに落ちる」って。

それがやっぱり、アメリカで高速道路の上かなんかに落ちて、それが中型まではいかない飛行機だったりとか。

国分 :予知できるってことですかね。

秋吉 :簡単なところでは、「今日は首都高がすいてるから」って言うとアシスタントが、
「いやネットで混んでるって書いてありますよ」っていうから「いいから行ってみて」っていうとすいてるんです。

国分 :カーナビより正確なんですね。

今の話を聞いていると、江原さんや美輪さんに近いのかなと思うんですけれど。

美輪 :いや、ちょっと違うんだけれど。

前世であんまり苦労しすぎちゃったのね。
ひどい人生を送ってこられたから。

そういう身を守るひとつの方法として身につけたのですね。

江原 :そうですね。

前世での苦労が多いと、自己防衛的な面での危険を回避しようとするところが特に強くなるんですよね。

秋吉 :大当たりです。

前世で苦労したような気がします。

秋吉さんてすごく苦労がないですねとか、それからすごく霊感がお強よそうですねとかいわれるんですが、
私は、自分では霊感と思えないんですよ。

直感とか危険回避性みたいな気がしていたんです。

美輪 :防衛本能ね。

秋吉 :いつもいってたんです。
ちっちゃい動物が異常に耳が発達していたり、鼻が発達しているように、もっと動物的なものじゃないかという気がしてたんですよ。

自分が霊感があるとぜんぜん思ってなかったんです。

江原 :それも霊感のひとつですけれどね。

特に古代の人たちはよく持っていたんですけれどね。

秋吉 :それもよく言ってたんですよ。

昔は、「原始人なんでわかる」って言ってたんですよ。

よくわかるんで、神秘的な人と思われてるんですけれど、
原始人みたいなんですよ。







・自然が大好き

江原 :自然界にいたほうが楽でしょう。

海山にいたりとか、動物とたわむれたりとかしたほうが、すごく心が癒されたりするでしょう。

秋吉 :はい。 動物のにおいが好きです。
動物のにおいだと糞のにおいもいやじゃないんですよ。

暖ったかみがあるというか。

国分 :今、動物を飼ってらっしゃるんですか。

秋吉 :犬をずっと飼ってます。

犬と思えないです。

「ひたむきな愛情深い男の子」に見えます。

美輪 :事実そうですものね。

犬も人間と同じじゃない。 ぜんぜん変わらない。

江原 :もう6代目ぐらいですか?

秋吉 :はい。

江原 :ものすごく愛されてる。 
もちろん愛したからなんでしょうけれど。

スピリチュアルチェックで
「もこもこした暖かい群れの中でじゃれあってる。」
っておっしゃってたでしょう。

おやすみになっているときにみんな来てるんです。

だからときどきすごく気持ちのいい眠りとか、ものすごく疲れたときの眠りとかに来てるはず。

美輪 :もこもこちゃんがね。

秋吉さんのスピリチュアルのおおもとがね。

誤解されても困るんだけれど、古代人の生き方なんですよ。

古代人がそのまま現代に生活してらっしゃるのよね。

だから、古代で生きてれば普通の人なのよね。

それが、現代に生きてるから、よく映画であるじゃないですか、
現代にぽっと来て見たり、そういうことを周りの人が意識してるとなんでもないのよね。

自分自身でも、そうなのかと理解されると腑に落ちることがいっぱい出てくるんですよ。

秋吉 :いっぱいあります。

江原 :この世では念だとか、まるで悪いように使われるけれど、ある意味では当てはまっているんです。 
ナチュラルなんです。

秋吉 :好物が粟とかひえとか玄米とか、肉を骨を握って食べたりとカニにを身を出してもらうのがいやなんです。

カニとか身をだしてあるとさびしいんですよね。
出すときの気持ちが高まっていくあの感じとか。

それを食べている瞬間を誰かに見られても恥ずかしくない、引き換えにしてもいいとさえ感じるんですよ。

国分 :それは、古代人ですね。


アグネスが尊敬するマザー・テレサへの思い


・お父さんからのメッセージ

江原 :お父さんは、かたときもこころはなれてない。
若いときの姿で、とてもハンサムな人です。

お父さんの願い出もあるんです、アグネスさんの今の活動は。

お父さんは家族のためにしたでしょう。
それは、自分の身近に助けなきゃいけない人がいたからだけだったんですよ。

自分や、自分の家族に余裕があればそれ以外の人にもやったはずなんですよ、お父さんは。

今、いろんな国でかつどうしてらっしゃるでしょう。
それは、お父さんの延長線、リレーでバトンが渡ったみたいな感じだから、こう言っているの。

「誇り」だって。

今まで、ちいさいときからお姉さんとは違うとかいわれたけれど、
アグネスさんが一番誇りだってことをお父さんが一番いっています。

だから、やれ外見だとか、学位をもっているとかだけじゃなくて、
いまのこころと活動、実践がお父さんの誇り。

すべては、その場で賛美されることでなくて、できることをこつこつとやって後になればわかる。

だから、お父さんは自己弁護みたいなことは一切言わない。

アグネス :言わなかったですね。

江原 :今までのアグネスさんをみてても誇りだって。

ただ、一言アグネスさんもいろんな理想をもっていることだろうけれどもそれがすぐにかなわないことで自分をあんまり責めることいけないって。

アグネスさんはいろいろ病気をなさいましたでしょう。
その理由をお父さんは言っててね、自分を責めるからだって。
自分自身のありかた行いがたりないとか、世の中の痛みをみると自分の痛みとしてとらえなければいけないとか強くなりすぎて、ストレスになって痛めちゃうって。

アグネス :だって自分しかいないから。
自分がもっと力をもっていたらもっといろんなことができたはずだって。

それは、ありますね。

江原 :お父さんの言葉をそのままいいます。

「お父さんの人生の中で、6人の子たちの目鼻立ちを付けた人生のそこで終わった。
だけども、数とかじゃないって6人だけじゃなくてそこから広がっていく。
アグネスさん自身が活動していく。 
だから今というときをみて、いまやるべきことをやればいい」って。

アグネスさんの前世を見ると。

カトリックで、シスターやってた人なんですよ。

そこでも、子供見たりとかいろいろしてたんですよ。

それと、科学の勉強すると悲しくなるということの理由は2つあって、
お姉さんのコンプレックスがあったの。

それともうひとつ前世とかでも当時、自然医療を施すんです。
科学というほどのこともないでしょう、薬草とかを使ってそれでお子さんを具合悪くさせちゃったことがあるんです。

だからそいうこともつながって自分が失敗したらどうしよう、正しいことをやって間違っていたらどうしようと思うでしょう。

アグネス :あー。 なるほどね。

江原 :それは気にするない、もとの動機は愛情だから。
だから、動機を一番大事にすればいいんですよ。

結果じゃなくて。

アグネス :性格がまじめなので、結果を出したいうことはあるね。

それは、いけないね。

美輪 :まじめなのは結構だけれど、四角四面に思い込む必要はないとうこと。

どうせたすけるのなら、泣きながらたすけられるのは迷惑。

ニコニコして助けられたほうが、助けられたほうとしてもありがたいのよ。
そうでしょう。

アグネス :そうですね。








・尊敬するマザー・テレサ

国分 :マザー・テレサが日本に来たときに公演にも行っているんですか?
なにか印象的な言葉とかありますか?

アグネス :日本は豊かだし平和だし私たちができることはないねっていったら。

マザーは、「そんなことはない。

まずは、自分の屋根の下からはじめましょう。」って。

「お父さんお母さんの悩みを聞いてますか?

愛してるっていってますか?」って。

「兄弟と仲がいいですか?

それができたら、学校や社会に広がっていくよ。」って。

それには結構ドキってしましたね。

美輪 :結局、自分の頭のハエも追えずに、人の頭のハエを追えますか?それはおよしなさい。

江原 :世界平和をいう人に限って家の中は地獄だったりしますからね。

同じ地続きだということなんですよね。
同じ平和をねがうんだったら、まず自分家を平和にしなさいって。

国分 :でもそれはこの番組でいつも言い続けていることですよね。

江原 :マザーはね。

この日本は貧しい国だといっているんですよ。

それはね。

食べ物じゃないって、食べ物の無い人にはパンを与えればいいって。

けれども、こころの貧しさはもっと深刻って。

この国は、こころの貧しい国だといっているんです。

美輪 :あらゆる政財官が手を組まないとだめですよ。

個人でやってるのも立派だけれど、それじゃあとてもじゃない。
多勢に無勢。

江原 :アグネスさんがいうように、食べ物のある国もあれば、食べ物の無い国もあるですよ。
そこには、コントラストがあって、マザーのいうインドのカルカッタとか食べ物を持っていくと、
自分のところでもたりないのに、他のところへ分けて持っていくって。

だから、そこに愛があるのね。
食べ物は無いけれど、分かち合うあいがあるの。

苦しみや悲しみを知っているからみんなで分けよう。

だけど、この国は食べものはいっぱいあるけれど、愛はないの。

美輪 :物質が豊かになると同時に何を失っていったかといったら、
こころとかハートとか人間らしさとか。

江原 :私は、マザーを一番尊敬してるんだけれど、そのポイントは実践だと思うんです。

その人の中にある純粋なこころが実践になるでしょう。
実践をする人はすべて聖人だと思う。

すべては、実践でしかないでしょう。

アグネス :マザーは、本名がアグネスなんですよね。

国分 :同じじゃないですか。

アグネス :それを知ったとき、ウォーって思いました。
わたしと同じ名前だと思ってひっくり返ったんですよ。

国分 :なんかあるかも知れないですよ。




アグネス・チャンの人生の転機は「24時間テレビ」出演だった


・父との別れ

国分 :カナダに留学しているときに亡くなられたんですか?

アグネス :そうです。

働き始めたら、お父さんと話す暇も、ゆっくりする暇も無い。

父から芸能界が向いてないといわれたんですが、
歌を歌ったんですね。

だから、もっと話しとけばよかったとか、
お父さん一番大好きっていっておけばよかったって思ったんです。

江原 :言ってるようなもんじゃないですか。

お父さんご自身がいってらっしゃるけれど、
性格がお父さんといちばん似てるんですよ。

だから、心をいつも通わせているようなもので、
この子がいつもなにをかんがえているかわかるって。

アグネス :へー。

江原 :ただね。

ひとつ後悔して欲しくないのは、最後にお父さんをみれなかったっていうのは捨てなさいって。
そういう風に後悔するのは捨てなさいって。

アグネス :はい。

江原 :もっと自分が恩返ししておかなければいけなかったっていうけれど、そんなことは関係ないって。

それとひとつ姉妹の中で一番考えが似てる。
だから、かわいいというのはそれを全部くんだうえでいっているって。

国分 :お父さんが亡くなって後悔していることがあったんですか?

アグネス :父が亡くなって母がいったことが、
私が、カナダに行かなければ父は死んでなかったっていったんですね。

それはやはり、生活環境が変わって私がカナダに行ってる間に胆石の手術を受けたら失敗して亡くなったんですね。

母も責任感じたし、私もカナダに行かなければ父はもっといきられたのかなって。

江原 :ぜんぜん関係ない。

それより、家族みんなの生活、生き方、目鼻立ちができたから悔いなく死ぬことが出来たって。

だから、アグネスさんが芸能界のままだったら、逆にくいが残ったって。

学校に行く道をつけたから、これでみんなの道をつけたからそれでよかった。

それより、とにかく働きっぱなしの人生ですよ。
とにかく家族のために働いた人ですよ。

道楽とか贅沢とかないでしょう。

アグネス :そうですね。

江原 :みんなとにこにこご飯を食べるぐらいじゃないですか。

アグネス :そう。
ご飯を食べたらまた仕事に行くんですよ。

2たつも3つも仕事をやっていたし、それぐらい家族のために仕事をやってきたんですよ。







・人生の転機

日本の芸能界に復帰して、
『24時間テレビ』の総合司会をしたときにエチオピアに行ったのです。

そこで目にしたのは、子供たちが次々と倒れていく悲しい現実でした。

そこで、泣いてばかりいた彼女をしかった人がいました。
キャンプを支える活動家『徳永瑞子』さんとの出会いでした。



国分 :人生の転機が82年にエチオピアに行った時とか。

アグネス :はい。
ちょうど85年は、エチオピアが旱魃と内戦で何百万人も死んでいたという話で。

そこで、同じ世界でこんな悲惨な状況があっていいのかと。

最初に着いたときからショックですよ。
骨と皮しかない方がいっぱいさまよっていて、
子供たちも私の3本か4本の指しかないぐらいだったの。

最初は、とにかく病気がうつるから絶対触っちゃいけないとかいわれたんですよ。

それで、キャンプについて現地の歌を替え歌で歌ったんですよ。

「♪ ツウリッチ  テナナッチョ テナナッチョ」
って歌ったんですよ。

そしたら、現地の踊りで“ヘイヤハヤヘイヤハヤ”って踊りだしたんですよ。

まあ、そのときのかわいらしさね。
私は、言葉で表すことはできないんですけれど。

ああ、もうここで病気がうつったらしょうがない。
ここで死んだら本望だなって思ったの。

子供たちを抱き上げたり、ほおずりしたり、そう思った瞬間、
ああ人生が変わったかなと思った。

もう、幸せでいっぱいになっちゃったの。

そこで、日本の女性の徳永さんに会って。
その人がそのキャンプを作った人ですよ。
まだ若い方なんですけど。

それで、子供が死んでいきますよね。
私が担当してる子が亡くなって、埋められたんですよ。

それで、行ってから6人〜7人目になるんですよ。
だから、私はとうとうパンを食べられなくなっちゃった。
つらすぎて。

それを、徳永さんに怒られた。
「あんたがご飯を食べないと私たちの面倒になるのよ。
もう手一杯だから何しに来たんだ!」っていわれて。

だから、私は理屈をならべたんです。
食べ物が余って捨てちゃう国がある、食べ物が食べられないで飢えで死んでいく国がある。
これは、地球の病気だからこれが直らないとなにも直りませんといったら。

「ストップ!

理屈は誰もが言えるんですよ。
子供たちに少しでも申し訳ない気持ちがあったら、与えられた役目をはたしなさいよ。

これをしっかり自分の目で見て、助けを求めるんでしょう。
それをちゃんと果たしなさいよ。」と言われて、ガーンときました。

国分 :すごい言葉ですね。

アグネス :だから、そうかと思って。
具体的に行動しなさいと言いたかったんですよね。

美輪 :だからね。

情緒的に泣いたり、同情したりはいらないっていうの。

アグネス :そうそう。

美輪 :どうやって助けるか。
それが、第一の目的だから。

アグネス :もう涙はいらない。

そして、理屈をつけてこうだああだというのは聞きたくない。

あなたがすることは、(亡くなった方の)体を運びなさいといわれたんです。

江原 :それは、アグネスさんが尊敬するマザー・テレサも同じことをいうでしょう。

自分はどうしたらいいのかって言ったら、

『来ればいい。

     自然に手が動くから。』って教えますでしょう。

アグネス :現場で働いている方は、みんなおなじ思いなんですよね。


スピリチュアルを信じるアグネス・チャン


「オーラの泉」SP2人目のゲストは、香港出身の歌手
アグネス・チャンさんでした。


・スピリチュアルな世界を信じている

国分 :スピリチュアルの世界は興味がありますか?

アグネス :自分より大きな存在、神様とかはいると思います。

私はクリスチャンだから、私は信じますね。
進むべき道とかはあると思います。







・香港から日本へ

国分 :デビューのきっかけというのはボランティアなんですか?

アグネス :そうですね。

そのとき、香港はまだあまり豊かなところじゃなかったんですけれど。
だから、難民の子とか、目の見えない子とか、
食べ物がないんですよ。

特に、難民の子とかは毎日生ごみをあさっていましたから。

それで、食べ物を集めてあげたくて、
学校で昼ごはんのときにグループを組んで歌っていて、
それがうわさになって14歳の頃に歌ってみませんかって声をかけられたんです。

国分 :日本に来たのは何年後ですか?

アグネス :3年後の17歳のときです。

国分 :そのときは自分で日本に行こうとおもいましたか?

アグネス :実は思いました。

ちょうど70年に大阪の万博がありましたよね。
それが、香港でもすごく報道されてて、あこがれていたんです。

それで、親をすごく説得して、許してくれたのが17歳のときでした。

国分 :日本に来てつらかったこととかどんなことがあったんですか?

アグネス :やっぱり、香港で歌ってた頃と日本ではギャップがあるんです。

香港では、どっちかというとギターを弾いて歌っていましたから。
絶対、笑わない子だったんです。

世の中は苦しみがいっぱいあるから、何を笑うかみたいな
ジョーン・バエズにあこがれていたから。
ああいう人になりたいとかおもったの。

美輪 :ジョーン・バエズは、反戦歌とか、戦争反対だとか、差別撤廃だとかね。
そんなことを歌ってきたメッセージソングだから。

アグネス :真剣に歌ってると怒られる。

「笑わないとだめだ、お前は笑わないとかわいくないよ」っとかずっといわれて。

国分 :ひなげしの歌とか来たときに、ほんとにこれ歌うのとかおもったんですか?

アグネス :変わってますよね。
「おっかのうえ」って(キーが)跳ね上がりますよね。

本当に最初びっくりして、自分風にアレンジしてギターで歌ったんですね。

そしたらそんなのだめだって言われたんです。







・やさしい父親

芸能界のあまりの忙しさにこのままではだめになると、
娘の危機に父親が説得して、芸能界の引退を決意しました。

その後、カナダのトロント大学に留学しました。

国分 :お父さんはなぜそんなに強く留学をすすめたんですか?

アグネス :日本に私の仕事を見に来て、やっぱり忙しすぎるっていってましたね。

眠れないし、ご飯もちゃんとたべれないし、
学校も行ってないと。

周りがなんでもやってくれてたから、自分の価値がわからない。
ダメな人間になると。

お金や名声は奪われるものだと、
火事があったり、泥棒に入られたり、戦争にあったりすると全部ゼロになるんですけれど、
一度、頭の中に入った知識は、人が奪うことができないよって。

その言葉に、私は本当に納得しました。

わかった。
卒業するまでは、ちゃんと勉強しますってカナダに行ったんです。

国分 :お父さんは、どんなお父さんだったんですか?

アグネス :お父さんは、私から見れば本当にいいお父さんだった。

香港のときは、とても微妙な立場だったんです。
中国の内戦で追われちゃって、たくさんの難民が香港に流れてきて。

美輪 :ものすごかったですものね。

アグネス :父は、香港に追われて、イギリスの植民地だから英語もしゃべれたので、職場に就くわけなんです。

だから、香港に流れてきた親戚の面倒もみんな見て、仕送りもするわけなんです。

いつも家族は、あてにされて母親は怒ってたんです。

「うちは6人もいるのにそんな人のことを面倒見てる場合じゃないよ。
うちの子はくつも買えないんだから。

学費も払えないから、毎週行って忘れた忘れたって。
そういう思いをさせて、人の面倒をみるのか。」って。

お父さん黙って聞いてるの。
でも、月末になるといつもみんなに配っているの。

子供の頃は、(私は)こんなにおなかへってるのにと思うんですけれど。
おとなになると、そのお父さんがいとおしくて。
すごいなと思う。

美輪 :優しい方だったんですね。

アグネス :それで、姉が2人いて、すごく目立つ姉がいたのです。
かわいい子がいて、頭いい子がいてそして私だったのです。

だから、母親はいつも、親戚に私のことを指して、
「ごめんね。この子妊娠したときに、一番家計が苦しくてあまり食べ物がなかったからお姉さんたちみたいに産めなかったから」って謝るんですよ。

謝るたびに、私の性格が暗くなる気がしてたんですよ。

でも、父は違う。

父は、「この子が一番かわいいんだ。」っていつもかわいがってくれてたんですよ。

だから、みんな父はえこひいきというんですよ。

だからすごくパパっ子だったですね。


美空ひばりさんの母親としてのメッセージ


・母親からのメッセージ

江原 :かわいくない返事をすることを、大人として成長したんだと思っていたらしいですよ。

仕事のことでもしょっちゅうぶつかり合って、最後は顔をあわせれば喧嘩ばっかりでいて。

でもこうおっしゃるんです「ごめんね。ママは歌手なの。」って。

今思えば、母親ばかりになれなかったって、複雑な思いがあるんですよ。

若いときは、いろんなことがあって、それでも生き延びていることを自問自答しながら理解しつつ、あたたかく見守っていたのがお母さんですね。

おばにあたるじゃないですか。
でも、前世とかでは、本当の親子だったらしいですね。

だから、肉親以上の愛情だったと思いますよ。

顔を合わせれば、喧嘩してても、お互い痛みを離れていてても感じ取りあってたという、そういう風にしてお互いの絆を深めていたという親子関ということをおっしゃっていますね。

美輪 :「私は、歌い手だから」という、全生命を燃やし続けることを、一般の人たちには口で説明のしようがないの。

歌が好きで好きでしょうがないの。
ひばりちゃんが涙を流しながら、一部の狂いもなく発声から呼吸から音程から情念からそいういうものをミックスしてから、
一部の狂いもなくできるってのはいませんよ。

本当に人間わざじゃないですね。
神技にちかいわね。
本当に惜しい人を亡くしたと思う。

あなたのお母さんのひばりちゃんと最後にあったのは、
山城新伍さんのパーティがニュープリンスであったのその時に見たらくらげのように透き通ってたの。

へーこれはどういうことと思ったの。
影が薄いとはこういうことをいうのかと思ったの。

それはいえないからね。
あの時は、不思議だった。
で、それが最後だったのお会いしたのが。

加藤 :それ以来、そういう場には出れなくなってしまいました。

江原 :旅立つ準備だったんですね。
その時が。







・ファンが多いひばりさん

江原 :加藤さんを思って気持ちはそこにあるというのはそのままなんだけれども、
今もなお歌ってらっしゃってるんです。
あちらで。

ありがたいことに、あちらのファンが多いんです。

長いこと時代を支えてこられたので、本人が言うとおりあちらにファンが山ほどいるでしょうね。

「私の歌は終わらない。」っておっしゃってます。

美輪 :歌い手はね、歌いたいの。

江原 :それが、自分自身の命なんだって。
たましいがね、歌い手さんでそこをとることができない。

今も多くの人に喜びを導きとを続けているんだって。

加藤 :うちのばあちゃんとおじさんと仲良くやってるんですか?

江原 :それが仲良くないんですよ。

なぜかというと、歌いたい歌が歌えないから。
そこにお母さんがからむと「これ歌わなきゃだめ。」っていわれるから。

加藤 :それは正しいです。 きっと。

江原 :だから、私は単独行動で歌いたい世界を歌ってるっていうんだけれど。
お父さんとは一緒。

一番の理解者。
こういうことをやらないっていうことで、すごく気があったんです。

加藤 :歌を仕込んでくれたのはじいちゃんだって言ってました。








・加藤さんのこれから

江原 :加藤さんのことに関してのことは、過去にもなにも制限をしてないって、あなたのやりたいことをなんでもやればいいって。
ママは、いつでも受け入れ、どんなときも愛してるし、
それは、今も昔も未来も変わらないって。

そのことだけをしっかり覚えててねって言うんですよ。

加藤 :ずっとそういってくれてたんですけれど。

江原 :おばあちゃんが言ってたことだけは切り捨ててねって。
おばあちゃんは、こうじゃなきゃいけない、こうしなさいああしなさいって言ってきたけれど。

ママは、そんなことぜんぜん思ってないって。

ママの考えといっしょにしてはいけないと言っています。

加藤 :わかりました。

国分 :ひばりさんがこれを言ってっていってくるんですか?

江原 :これを言ってって言ってくるんですが、おばあちゃんがわりこんでくるんですよ。

(おばあちゃんが)「わたしはずれたことはしなかった」っていって
(ひばりさんが)「だまってて」って。

加藤 :まだやってるんですか、それ。

江原 :ちょっと気の毒だなって思うのが、多勢に無勢でひばりさんの方にご兄弟とかの方が固まってて、おばあちゃんだけ孤立した考えをもってます。

ひばりさんが、「庭にあんなもん埋めるからいけないのよ」っていってるんです。
おばあさんが家の庭になんか埋めたんですか?

加藤 :ばあちゃんは銀行も信じなかった人ですから、かめにですね、お金を入れて埋めてあったんですけれど、運転手さんにしょっちゅういれてるのを見られてて、全部持ってかれたんです。

銀行に預けなさいって、みんないってたとおもうんですけれど。

江原 :おばあさんが、そいうことを根に持っているみたいです。

ひばりさん自身は、母の愛情ということでの思いですね。
今でも。

美輪 :加藤さんが生活する空間が、ここでは無いというのがずーっとおありになったでしょう。

加藤 :それはずっとありました。
だから、なんとか自分の世界をつくらなきゃって小さいときから思ってました。

江原 :ものすごくかわいそうなのは、たましいがアーティステックなんですよね。
だから、常に芸術の方に思いを馳せるんだけれど、生まれ育ったときから別の芸術があるでしょう。

だから、別の芸術というのは模索しにくいし、そういうのがなければもっと素直に芸術の方に行けたはず。
もともとお好きなはずなんです。

加藤 :好きです。 大好きです。

江原 :本当だったら、美術やデザインやらにすすんでもおかしくなかったんです。 特に建築。

だから、なんか建物を自分で立てたくなっちゃったりしてね。
すごく、そういう衝動に駆られるんじゃないかと思うんですよ。

美輪 :代官山のお宅も加藤さんご自身はお気に入らなかったんじゃない。

加藤 :そうですね。
僕は、立て直す前の家が大好きで、みんながわいわいやってた家を取り壊さないでくれって言ってたんです。

で、言われましたごめんねって。
「ここは、ママ、思い出がありすぎてつらい」って。

僕にはすごく理解できなかったんです。
思い出があるから取り壊さなくていいんじゃないかって思ってたんで。

美輪 :好きなことをこれからやっていいっていう入り口を見つけたわけだから、建築や美術なんかずっと手に入れたいとおもっていたんだから、今から手に入れればいいじゃないですか。

加藤 :はい。

江原 :そのセンスを活かして、いまからクリエィティブな発想を活かしていかれたら、これからです。

美輪 :自分が一番住み心地のいい居住空間、世界がそれでやっと手に入るんですよ。

加藤 :そうですか。
わかりました。 ありがとうございます。

国分 :今日からまた出発ということで。
ありがとうございました。


母『美空ひばり』を加藤和也さんが語る


今週の「オーラの泉」2時間SPゲストは一人目は、加藤和也さんでした。

お母さんだった『美空ひばり』さんとの貴重なエピソードが聞けました。





・教えてくれてることに気づく

国分 :スピリチュアルな世界には興味ありますか?

加藤 :小さいときにはそんなことを感じたことがなかったんですが、
ある経験をしてから、こういうことがあるんだと感じましたね。

国分 :具体的には?

加藤 :車が趣味で、毎日のようにとばしに行くんですけれど、
たとえば、そのときは四輪駆動にのってたんですけれど、
カーブで正面衝突して、横に四回転して、友達も乗ってたんですけれど誰もケガしなかったんですよ。

パンと真っ赤になって、何回か衝撃があって、まだエンジンが回ってる。
しばらくは、自分がどこにいるかわからなかったですね。

現実に生きてられたってのが不思議で。

江原 :そういう場合、救われたとかいうじゃないですか。
すべてがそうとは限らないんですよ。

加藤さんの場合、助かるのを見越した上でわざとそうされてる。

なんども、なぜかそこまでしてもらっても、性懲りもなくまた危険な運転をするんですよ。

これで、もうしなくなるだろうということで起こすんですが、また繰り返してしまうんですよ。
懲りないんですよ。



みんな、悪い出来事が起きると守られていないとか思うでしょう。

わざところばされるということがあるんですよ。
それが、愛情だったりするんですよ。

それに、感謝しなければいけないことがいっぱいある。

私が、カウンセリングしてるときに、多かったんですよ。

ろくでもない守護霊じゃないかとか、ひどいことをいう人がいるんですよ。

それは、教育的指導だったりするんですよ。

だから、そういうことが起きることが守られているんですよ。

国分 :今日気づきましたね。

加藤 :もう、二度としません。







・ひばりさんとゆっくりした時間

国分 :(ひばりさん)いっしょにいる時間はあったんですか?

加藤 :ほとんどなくて、年のうちゆっくりいれても、3日ぐらいだったと思います。

友達がいなかったので、比べるものがなくて、みんなこういうものだって思ってました。

国分 :その3日間はどうやってすごすんですか?

加藤 :多分、高価だったと思うんですが、一番うれしかったのが8ミリの映写機を買ってくれて、いっしょにイチゴをたべたり、気が向いたときは遊園地に連れて行ってもらってました。

ママが帰ってくるって言うと、2週間前からうれしくてねむれなくなるんですね。

美輪 :あなたも孤独でらしたけれど、お母さんも孤独でらしたからね。

加藤 :あんな孤独な人いなかったんじゃないかと思います









・有名になったことでのプラスとマイナス

国分 :友達がいなかったとお聞きしたんですが、つくらなかったんですか?

加藤 :遠い学校に通ってたから。

近くに友達がつくれなくて、たまたま近所の子供たちのボールが庭に入って遊んでいると、
家のおばあちゃんが強烈な人で、
「どこの子?」って聞くんですよ。
「知らないことは遊んじゃダメ。」っていうんで、「じゃあバイバイ」って。

美輪 :明治、大正、昭和初期のあの時代は、それがみんな口癖だったんです。

どこの子って必ず聞いたもんだったんです。

親が選んだんです、遊ぶ子供を。
今は、子供が選びますけれどね。

江原 :当時、誘拐とかいろんなことが起きるでしょう。
だから、過敏になっていたことは確かですね。

加藤 :実際、当時、脅迫状が何通か届いたことがあって、幼稚園ぐらいだったんですが刑事さんが何人かいて、「爆弾」とかって。

みんなが緊張する姿を、不安な気持ちで見ていたりとか。

玄関のところを、怖い人がバットでひっぱたいているところとかをみたりして怖い思いをしたりしてたんですけれど。

美輪 :有名人の家は、本当に『有名税』っていうけれど、
『正負の法則』で有名になればなるほど、そのツケはものすごいんですよ。

内藤選手の前世


・屈辱を晴らした試合

美輪 :TVを観てたら、
「亀田さんとの試合でメジャーでなかったのがメジャーになったのはそれで得したじゃないですか。」とか言ってるの。

ばかものっていうの。
向こうが逆ですよ、こっちが世界チャンピオンでしょう。
そのノレンをかけてて勝負して、知名度をあげて利用しようとしてるんだから、逆に向こうの方がプラスになっているんですよ。

よくそんな卑しい発想でものがいえるとおもったの。
そんな時もちっともお怒りにならないで「はいそうです」とおっしゃってたでしょう。

じれったいぐらいに、人のいいかただなと思っていたの。

国分 :僕も、18歳ぐらいの同じジムの子に「ゴキブリ」といわれたらまず切れますもんね。

それでも、試合でしようということでも、試合後半汚くなってきましたが、自分を抑えるが大変じゃなかったですか?

内藤 :試合中もああダメだって。

ラウンド終わってセコンドに帰ったときに、切れてたんですよ。

もう我慢できねえって、
そしたら、セコンドが冷静で
「いいか、冷静になれ。
お前がやり返したら向こうとおんなじになっちゃうんだよ」って。

その言葉が響きましたね。
そのとき目が覚めましたね。

そのときに「おい、やりかえしてこい。」っていわれたら、本当にやり返してただろうし。
試合になってなかっただろうし、僕も非難を浴びていたと思いますし。

ほんとにいいアドバイスしてもらったと思ってます。

美輪 :むかし、白井義男さんていうチャンピオンにカーン博士ていうすばらしい方がついてらっしゃったんだけれど、本当に紳士的な方で武士道や武道というのと同じレベルのボクシングだったのね。

そのボクシングは格調がありましたよね、プロのスポーツとして。

国分 :前まで、亀田、亀田だったのに、今は亀田悪いに乗っかってるじゃないですか。

美輪 :“正負の法則”という私の本に書いてるようにね、必ずマスメディアというのは胴上げするのよ。

3回目までは上に上げて、それから落とすのよそして泥をつけて踏みつけるのよ。
そのために胴上げするの。

今は持ち上げられてるなということに気づいて、ぎゅーっとブレーキを踏んでればよかったのよ。

だから、持ち上げられたら注意しなきゃダメなんですよね。

内藤 :すごい思ってますね。
今、いい人みたいになってますもんね。

これからが怖いなと思って、ちょっとでも悪いことをしたら一気にきますから、怖いですよね。










・苦労の多かった2年間

江原 :興味深く霊視していて、この2年本当に地獄だったんだなって。

奥さんの苦労、ご自身の苦労、子供への苦労、生活の苦労、地獄からこのはなやかな世界に引きずりだされちゃったみたいなね驚きがあるとおもうんです。

私は、垣間見てるだけですが、にっちもさっちも行きませんでしたね。

今はこういう状況になりましたが、今一番おそれているのは奥さんですね。

今の状況が怖いみたい。

苦しかった2年のほうが、前を向くしかない、こつこつするしかないだったけれど。
奥さんが一番内藤選手を心配してる。

奥さんの力が絶大でね。

だから、夫婦がお互いに手をつなぎあって迷子にならなければ大丈夫。

奥さんは、あっけらかんとしたかただけど、現実的な方でね。
現実主義。

過去に苦しい思いをしていれば、それを魂に刻んでいれば、絶対に増長傲慢になることはないです。

どうやって世の中に振り回されちゃうかとか、怖くなるかもしれないけれど、大丈夫です。

そういった意味でも立派だなと思います。









・前世のつながり

江原 :(内藤選手と奥さん)2人は前世でもつながりがあるんですよ。

美輪さんや内藤選手の言葉にもでてくるので、こじつけと思われるといやだなと思うんですが、
そのキーワードは2つ。

美輪さんは「武士道」と内藤選手は「忍者ハットリ君」と言ってました。

実は、「忍者」だったんですね。
でも、忍者と聞くとなんかおかしい感じがするでしょう。
あれは、武術と修験道が混じっているようなもの。

要するに、信仰なんですよ。
武士道ともいえる、武術家ともいえる、それでいて行者ともいえるそういう人が忍者といって、本当にいたんです。

奥さんも一緒で、「くのいち」だったんですよ。

小さい頃にいじめにあっていたとおっしゃっていたでしょう、一番の原因は身を隠そうとすることなんです。

チャンピオンになっても、なんか身を隠したいでしょう。

内藤 :そうですね。

江原 :壁のそばとか隅っこが好きでしょう。

内藤 :好きですね。

江原 :なぜかというと、壁のそばにいると安全だからです。

でも奥さんはつよいですよ。
いざというときは、奥さんが行けという感じなんですよ。

申し訳ないけれど、奥さんのほうが雄雄しい(男っぽい)かな。

内藤 :まったくそのとおりです。

俺の比じゃなですよ、行動は女っぽいですけれど、度胸は男っぽいですもん。

江原 :内藤選手は、いらぬ心配をずっとするんですよね。

奥さんと出会われてから、ポジティブシンキングになったから、そういった意味では出会うべくして出会い、どこか夫婦一体。

リングに上がるのは、内藤選手だけれど、つねにひとつ。

それは、前世というところからのつながり。








・今後のこと

国分 :内藤選手が聞いてみたいことはありますか?

内藤 :一番は、今後についてですね。

家族もいますから、ボクシングを引退した後とか心配ですね。

江原 :そのまま、ボクシングの世界におられたらいいですよ。

心配事が多すぎる。

ボクシングでも、世界に仕事はあるし、ご自身の仕事をこつこつと続けていかれたらいいことなんです。

美輪 :心配性はおよしなさいというの。

内藤 :プラス思考をこころがけているんですが、心配性でね。








・見えない周りの協力

江原 :足の調子がずっとよろしくない時代があったじゃないですか。

内藤 :はい。

前チャンピオンとたたかう直前に。

江原 :足を痛めましたか?

でもね、回復が早かったはずなんですよ。

内藤 :そう。

江原 :もう一人ご兄弟がいたはずなんですよ。

そのご兄弟さんが助けてくれた。

そのことを忘れないであげて。

奥さんとかの応援もあるけれど、亡くなったご兄弟がそうやって応援してて、「自分の分もがんばって生きてくれ」って。

なんで、助けがあるかというと、お母さんの願いがあるからなんです。

わかりました?

内藤 :そう。

国分 :弟さんになるんですか?

内藤 :僕の兄になるんじゃないかな。

江原 :そう思いますよ。

内藤 :それは、母から聞いてます。

お礼は、なんていえばいいんですか?

江原 :そのことに対してがんばるっていうのが一番です。
そしたら、その人が、「ようやく自分に日の目が当たった。
理解してくれた」って喜んでくれる。

美輪 :一人の時でもいいから、生きてる人に話しかけるように「いつもありがとうね」って声をかけてあげるとそれでよろしい。

特別になにかする必要はありません。

内藤 :試合の2ヶ月ぐらい前かな。
じん帯を切ったんです。
それは言えなかったですもん。
松葉杖で。

江原 :回復が早かったでしょう。

内藤 :早かった。
(試合が)出来るような状態じゃなかったですもん。
それは、お医者さんに聞いてもらえばわかる。

すごーい。

いやー、感謝しなければダメですね。

美輪 :すべてに感謝すると、
「ああそうか。
じゃあまたやりましょう。」ってまた守ってくれる。

内藤 :いやいやあ。

感謝しなきゃ。


世界チャンピオンへの夢をあきらめなかった理由


・世界チャンピオンへの夢をあきらめなかった

江原 :中学のときは、漫画とかアニメがお好きだったんですね。
アニメばっかり見てたんです。

内藤 :そうそう。
忍者ハットリ君とか見てました。



○2002年4月にタイでWBCフライ級世界チャンピオンポンサクレックに初挑戦、
しかし、日本選手の世界戦史上最短となる一回34秒KO負け。

2005年10月、WBC世界フライ級王者ポンサクレックに再挑戦するも、
7R負傷判定で惜しくも敗れました。

内藤 :2回目のチャレンジでで負けたら引退を決めていました。

国分 :2回目の挑戦で負けましたよね?

内藤 :はい。

国分 :引退を選ばずに、現役続行を選んだわけじゃないですか。
そこには、なにがあったんですか?

内藤 :負けたんで引退だって、友達と引退旅行に行こうかって、
試合前にいくキャンプ地があるんですね。
セブ島なんですけれど、友達と引退記念に旅行に行ったときにジムを訪問したんですね。

スパーリングとかしてくれたボクサーに会いに、
「おい、ナイトウ試合どうだった?」
僕は、「負けたよ。」っていうと、
「ああそうか。
じゃあ、次、試合イツやるんだ?」っていうんですよ。

その、さばさばした言い方が、すごく印象的で、うれしかったのと、
またこいつらと一緒にボクシングややりてーって思ったんです。

そして、日本に帰ってじっくり考えてもう一回やる、引退しないって言ったんです。

国分 :やめるなとかじゃなくて、またいつやるんだって言葉が心にのこって。

美輪 :日本人て、情緒的でマイナス思考じゃないですか。
なにかあると、どうしよう、どうやって食べていこうとか余計なことをごちゃごちゃ考えるのよ。

そうじゃなくて、さばさばして、乾いてるのね。

江原 :内藤さんに限っては、ダメから始まる方。
なんでも、ダメだけどやってみようかなから始まる人。

ダメからはじまるんだけれど、内藤選手は、ものすごく粘り強い方なんです。

もともとの魂が耐えることには自身がありますでしょう。

内藤 :僕は、もともと才能ないと思ってるし、才能ないんだったらどうやったら人に追いつくか、それには人一倍やるしかない。

どっちかというとこつこつ派ですね。

江原 :お母さんもそういう風に教えてきましたからね。

言葉が悪いけれど、「お前ははなやかなものがないんだから、努力しなければだめなんだ」っていうことをずっと叩き込まれてきた。

内藤 :そう。 そういう親なんです。

江原 :粘り強さというのもそういったところからもあって、
意外と頑固ですよね。

国分 :奥さんとかにも、2度目の防衛失敗したらやめるとかいってたんですか?

内藤 :「やめるよ、俺」っとかって言ってました。

国分 :3度目に挑戦するときに奥さんのリアクションてどうだったんですか?

内藤 :「あっ、本当。」って感じでした。

江原 :奥さんはどっちかというと、あっさりしてて
やるもやめるも、「あっ、そう。」って。

奥さんの力が絶大なんですもの。

美輪 :でも、それは救いよね。

いっしょにがっかりしたり、どうしようか?なんていわれたら
真っ暗けよ。

「あっそ。」って言われたら、楽ですよ。

内藤 :さばさばしてますね。

江原 :よくわかっているというか、そこで、関わってもしょうがないのでほっとこうていうところもあるんですよね。

横で、くよくよかんがえていても、いびきかいて寝れる人です。

だから、いいんですよ。








・経済的に厳しいボクシング

国分 :お金の方はどうなんですか?
ボクサーって儲かるお仕事じゃないですよね。

内藤 :正直、日本チャンピオンにならなければ、ボクシングだけでは食べていけないので、ぎりぎりの生活が続いてました。

僕、日本チャンピオンになります、一時的にファイトマネーが入ります。
それ使わないですよね。

それを、ちゃんと取っておいて後は、アルバイト。
2人一緒にアルバイトして、
ファイトマネーを切り崩してやっていたという感じですね。

それも、なくなります。
そしたら、母親にお金を貸してください見たいなときに、すごく協力してくれましたね。

だから、うちの母親に感謝してますね。

美輪 :奥さんとのアルバイトは、おいくらぐらいになるんでしょうか?

内藤 :王者取ったときの試合の一ヶ月前までアルバイトしてたんですけれど、
夫婦あわせて、10万円前後しか稼いでなかったですね。

美輪 :それで、水道光熱費から払ってたわけですか?

内藤 :今は、世界とってだいぶ稼げるようになって、やっと食べるようになりましたけれど。

周りの協力なしには本当に今の自分はなかったですよ。

国分 :試合後のインタビューでチャンピオンが言っていたのがすごく印象に残ってたんですよね。

内藤 :いじめられてた印象があるから、こんな俺のためになんでみんな協力してくれるんだって、本当にいつも感謝してますよ。

美輪 :自分の栄誉のためとか、相手をどうしても伸してやるとかでやってるんじゃなくてね。
周りの人のためにやってるのがね。

内藤 :応援してくれたみんなのためにやってやる。

美輪 :そこが素晴らしい。

内藤 :今でも、そう思ってます。

美輪 :真心に対して、真心で返したわけだから、それは美しい話ですよね。







・世界王者になった内藤選手

2007年7月18日、WBC世界フライ級王座3度目の挑戦で、
王者ポンサクレックに12R判定勝ちしました。


母親が優勝の時のインタビューに答えて

母 :えらかったね、すごかったねって言われるのを期待してたかもしれないけれど、
特別ほめるほどのことでもないよ。
自分自身のことだもんね。

あれも33だよ、親にほめてもらおうなんて期待してないでしょう。

世界取ったっていうけれど、大助の努力も第一番だけど、後援会の応援してくれた人たちもみんな自分のことのように手に汗して応援してるわけ。
みんなの力で世界一になったと思うんだ。


















世界中起きている不思議なこと


世界中起きている不思議なことを特集する「オーラな出来事」。



今年4月オーストラリアのシドニー郊外で、不思議な現象が起こりました。
  
閑静な住宅街に住むタナウスさん夫妻。


・奇跡の家

木製の家具、キリストの像や絵が飾ってあります。
その家の壁からオイルのようなものが染み出しています。

この出来事のきっかけはマイケル君の悲しい出来事でした。

母(リサさん) :マイケルが死んでからこのような現象が起き始めたのです。

2006年9月9日 マイケル君は、17歳で亡くなっています。
原因は、運転していた車が電信柱に激突したのでした。


それから、マイケル君の亡くなった40日後から不思議な現象が始まりました。

父(ジョージ・タナウスさん) :突然、息子のマイケルの部屋からオイルが染み出て来たのです。
  

オイルの流れ出た跡の壁に、十字架やMのような文字が現れました。
しかも、このオイルには、不思議な力があるのです。

近所の住民(サファダ・サユームさん) :一人では歩く事が出来なかった子どもがオイルを塗ったら歩けるようになったらしい。 

母 :彼は医者など、人の為になる仕事をする事が夢だったの。




ニュースキャスター :シドニー郊外に数週間前から人だかりが出来ています。
彼らは神の手に触れる奇跡を待ち望んでいます。

ある少年が亡くなってから家の中で、科学で説明のつかない事が起こったのです。

地元のテレビ局がニュースで紹介すると、15万以上の人がこの家を訪れ奇跡の目撃者となったのです。




・タナウスさん夫妻は訪れる人々に無料で部屋を開放しています。

ニュースキャスター :地元のテレビ局は、この不思議なオイルを科学的に分析しました。

アンソニー・カミュ氏(環境調査研究家) :色々なオイルと成分を比べてみましたが一致するものはありませんでした。

結局、何の液体なのか、分らないのです。




・そこで地元の神父さんに聞いてみると、

神父 :私はマイケルの部屋で実際にオイルが出て来る瞬間を見ました。
こんな奇跡は見た事がありません。


父 :皆さんが、この奇跡を信じて、家に来てくれるだけで私達は、とても心が癒されるのです。

母 :マイケルは人の為になる仕事に就くのが夢でした。
でも今は、それ以上の事をしていると思います。




○マイケル君が亡くなってから、壁に染み出したという不思議なオイル。
それはマイケル君からのメッセージなのでしょうか?


国分 :物凄い不思議な現象に僕は思ってしまうんですけど。
  森さんは、どう見えましたか?」

森(ゲスト) :あの世界各地に、そういう奇跡の場所っていうのはあるんですけど。
確かに十字架の形やMでしたよね。

国分 :これやっぱり、そのーマイケル君と関係する出来事やオイルなんですかね?

江原 :えーとね今回、ほんとにちょっとコメントするのどうかなと思ったんですけどね。
ちょっと、水差すようですけれど、

今回の例に限っては、マイケル君の意思は、ほとんど関わって無いでしょう。

もちろん、そのマイケル君に聞けばそれは、そういう事にしたいとは言うかもしれないけど。

亡くなってすぐに、そこまでの現象起こすというのは、なかなか難しい、無理と思ってもいいです。

出てくるだけでも、なかなか大変、集中力もいります。

美輪 :条件が5つあって。

江原 :それくらい、楽なもんじゃないんですよね。
あの現象、起こすって。

出て来るもんじゃなくて。
ただ、あのお家に関してはある種の、その超常的現象である事だけは確かと思うんです。

それで、私なりの分析からすると、あれは信仰という念の力ですね。

国分 :信仰。 マイケル君の。

江原 :全然、話題が違うんですが、聖痕って知ってますか?

『聖痕(せいこん)は、イエス・キリストが磔刑となった際についたとされる傷、
また何らかの科学的に説明できない力によって、信者らの身体に現れるとされる類似の傷のことをいう。』

それこそ十字架に磔られた時の。

美輪 :カギのあと。

江原 :それもだから、どこまでの物が、本当かどうかって色々あるんだけども、ただ1つ言えるのは、信仰心でもって出る人が居るんですよ。

森 :思い込み?

江原 :思い込み、要は思い込みの域をグーンと超えた所に、もう自分はイエスを愛している、もう同じ痛みを伴いたい、とかいう人がなったり。
人の念ってのは色んな事を動かしたりします。




○キリストと同じ苦しみを味わいたい。
そんな思いが信者の体に傷痕となって現われる聖痕。

マイケル君の部屋のオイルも、信仰深い家族の思いの現われなのでしょうか。

事故から1年経った今も、ご両親は毎週、事故現場を訪れマイケル君の冥福を祈っています。





・宇梶さんに起きた不思議な出来事

国分 :宇梶さんは、何かそういう。不思議な事ってありましたか?

宇梶 :まあ別に不思議な事、偶然かもしれませんですけど。
親戚のお祖母ちゃんが亡くなった時に、
一人ずつ、「お祖母ちゃん」とか、「大丈夫だよ」とかいうんですよ。
たまたま、僕の順番で、ふっと息を引き取ったんで。

その室内だったんだけど、急に蝶が飛んで来て、つがいのがずっと止まったりして。

江原 :よくある事です。

そういう、昆虫とかそういったもの。
要するに霊媒的な生き物だと生物だという風に、よく言われています。

だから、お墓参り行くと妙に自分の周りに、蝶が来るとかありますでしょう。
  
だから、その要するに蝶なりにその魂を乗せて、
メッセージを伝えようとしてるんですね。

どうしてこんな時にっていう所で妙に、まとわりついて来たりします。

宇梶 :いや、あるんですね。

美輪 :この間、今年の夏にある外国へ行ったわけね。
そこで、ホテルを大改造してて。

それで去年、行った時にね、じゃあ今年中に間に合わせてコテージを作ってどうのって。

「そしたら多分、出来ないでしょうね。 来年には」
といって帰ったのよ。

そしたら、ほんとに出来てる予定なのが出来てなかったの。
なぜかって言ったらね、日本人の兵隊さんのお骨がいっぱい出て来たんですって。

それで私、ご供養でお経上げ始めたのよ。
お経上げ終わってフッと見たらうわーっと蝶々が。

飛び交ってんの。 だから、やっぱり蝶々ってのはね。

ありますよ。
それで私は「ご苦労様でした。ありがとうございました」そういったのよ。
そしたらバーッと、それに答えるようにして広がって行ったの。




■今回は、信仰の念は、時に奇跡を起こす。
そんな不思議を思わせる、今回の出来事でした。

世の中には、本当にまさかと思う出来事が起きているのですね。


小雪さんの目的があまりない理由


・しかられに来た“小雪”さん

江原 :今日だって、必然でいらっしゃってね。

美輪 :そう。 
私、小雪さんが出てらした頃から、ずっと見ててね。昔、原節子さんとか高峰三枝子さんだとか高峰秀子さんだとか。
戦前の女優さんでね、やっぱり、とっても躾が良くて奥ゆかしくてね。

そういう女優さんが出るべきだと思ってたのね。
どうしてもグラマーとか、小悪魔だとか何とか何とかって言われて、いい気になってる、チンピラが増えて来たの。
それで、私困って苦々しく思ってたの。

そしたら、最近、小雪さんだとか、長澤さんだとか、石原さんだとか。

どっちかと言うとお嬢さんというような感じの
人が出て来たでしょう。
それで、とっても私、嬉しかったし、
“ラストサムライ”なんか拝見しててもね。

やっぱり「ああ、ハリウッドも捨てたもんじゃないな」思ったの。
  
奥ゆかしくてね、それで一歩下がっていながら、
芯はしっかりしてね。

ああ、出来る人が出て来たんんだと、とっても私は嬉しかったの。

小雪 :ありがとうございます。

美輪 :それは、やっぱり、お役目なんですよ。


それから、この方は、何をしてても欲求不満なの。

小雪 :そうかもしれない。
何かあの、常日頃、私、仕事を始めた時から、女優業に対しての充足感が無いんですよ。


美輪 :“I'm never satisfied”ってやつね。
決して満足しない、ずーっと欲求不満のまま。

小雪 :例えば何か賞を頂いたりですとか。
周りの方々、テレビですと視聴率ですとか、そういった事にも全く興味が無くて。

これは多分、何年か、時を経て。
自分が何かに、この仕事、何十年間なりして行ったら答えが出るものなのか。
あんまり人に言っちゃいけないと思っていて。
何年経っても、そういう思いが消えないので。

江原 :私から見ると、霊媒なんでね、小雪さんはね。
霊媒が満足、自己満足したら大変じゃないですか。
それはもう使えません道具として。

私は、その職業はその内容、全然違うけれども似たようなもんでしてね。
どっちも霊媒じゃないですか。

なぜ私がテレビ出るのか、違和感がいつもあるんですよ。
  
でも、そこでやっぱり自分が出ると小雪さんみたいに悩むんです。
やっぱり、嫌だとかあります。
そうすると、例えば美輪さんが「何言ってるの役目でしょう」
ってね。

自分が出ると嫌になるんです。役目に徹する霊媒に徹すればいい。
もう道具と化すいう風に思って。

美輪 :あのね女優も霊媒も、俳優もね、白紙じゃなきゃいけないんですよ。

小雪 :はい。

美輪 :白紙だから、色んな色が染まるわけですよ、色んな色に。

その絵の具の通りの色が出るじゃないですか。
ところが、その画用紙そのものが色が付いてて、
そこへピンク乗っけても汚い色になるじゃありませんか。
そういう事なの。

小雪 :はい。

江原 :だから、一生、充足感なんか得れないと思いますよ。
 
美輪 :だから江原さんも小雪さんもね。
その画用、真っ白画用紙。
それが個性なんですよ、自分なんです。

全くの水、水に色が付いてちゃいけないんですよ。
そうすると良い女優、良い俳優、良い芝居になれない。






国分 :役作りとかっていうのは、あんまり苦労しないタイプですか。

小雪 :ものによりますけど。
たとえば私、凄く感情的に怒ったりする事が、あまり無いんですよ。

怒ってる人を見ると凄い冷静になって行くタイプなんです。

江原 :でも小雪さんのオーラけっこう赤いのあるから
けっこうほんとは怒ってるんですよ腹の中で。

小雪 :ほんとは、怒ってると思うんですけど。

江原 :それ表現しないだけ。

小雪 :表現しないかもしれない。

美輪 :それはお宅のね育ちなの。
そういう事は、はしたないっていうのが、ずーっと、どこかにあるから。

小雪 :そうかもしれないですね。
あんまり母はどちらかと言うととっても感情を開放するタイプの
人なんですけど。

お父さんが、自分でこう常にいつも自問自答しています。

男の子は別でしたけど。
とても、お父さんは、そういう感情のコントロールっていうか、
そういうものが、とても上手ですね。

美輪 :だからその、お父さんの、その育て方、育ち。
それが、もう身に染みてるんですよ。

小雪 :そうかもしれない。

 






・前世に納得

江原 :いわゆる今の時代とは違いますけどね。
そういう霊媒、霊能力、お使いになっていて。
  
どっちかと言うと、今で言うヒーリングって言うんですけど。
だから看護の仕事行こうとしたのも、そういうのあるかなと思うんですけど。
それで、人を癒すって言うか、病気治したりとか。
そんなような事を、昔ですよ、そういう時代があった。
  
それでいて、お城に居たっていうのは、
その能力かわれて、ほぼ軟禁状態という感じです。

そういった中で、ずっと居させられて、特定の人だけの為に、自分がそうやって働かせられるのは、とっても嫌だったていうのがあったんです。

ご自身は、もっと貧しい人から何から、
本当に、その弱ってる方を少しでも、癒して差し上げたいという想いが凄く強かったにも関わらず。

その能力をかわれて幽閉されてしまったのが、ヨーロッパ。

これもまた不思議に、こじつけてるわけじゃないんですよ。
フランスだと思うんです。

だからね、それパリコレ行かれたとか不思議なもんだなと思いました。

国分 :軟禁状態という話した時に、すぐに「ああ」っていうような事言ってましたけど、何となく分るんですか。

小雪 :私は姉が、けっこうそういう体質なので、
姉から、よくそういう事、言われてたんです。

私は、ヨーロッパ、元、生まれ、もう先祖とかヨーロッパで、
お城の中に居て、閉じ込められてたから、こういうものが怖いはずとか。

よく小さい頃から姉に言われ続けてて。
お姉ちゃんって何言ってるんだろう?と思いながら、ずっと来ましたし

ただ姉が特別そういう力を持ってるって事は、
日常的な人だったので、今でも時々私が、
「この人と連絡取ってないな」とか言うと「うん明後日、電話来るよ」とかと、いうような、お姉ちゃんなので。


例えばスピリチュアルの世界ですとか、江原さんが、おっしゃった事とかをああやっぱりな、と思えるような所がありますね

美輪 :じゃあ、お姉さんと同じ事をいわれたのね。

小雪 :そうですね。






・守っている存在からのメッセージ

江原 :今日1つ、申し上げておきたいのはね。

こういう事言うと大袈裟に思われるかもしれないんですけど。
 
実は後ろに、聖母マリア様の姿が視えるんですね。
それで、マリア信仰凄くしてた。
その幽閉された後どうなったかというと修道の道に入りました。
それしか逃げ道が無かったから。

その聖母マリアから、
「あなたが今の立場や状況を自分が作ったわけではなく、導かれて来た」と。

「導かれた、この状態こそが実は人を癒す道であり
“あなたに置かれた与えられた役目である”
という事をまず自覚を持ちなさい。

“今、寄り道している”という感覚を捨てなさい」と。

「寄り道じゃないんだ」と。

小雪 :はい。


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