義家さんはおとなしくしている時期


・見えないものがくれる体からのメッセージ

江原 :前にも言ったんですけど、あせり過ぎないように。

今は現実を、リサーチしてるときらしいんです。

その情報収集が済んだときが、本当の意味での戦略をいどむときです。

義家 :一年間おとなしくしてなさいと言われて、本当におとなしくしてるんですよ。

勉強しなさいと言われて、教育以外いろいろべんきょうしてるんですよ、
こんなに勉強しているのは、人生初かなていうぐらい。

美輪 :それと、こんなとんでもない悪いやつがいるのかと思うような悪いやつに一杯遭いますよ。

そのときにピュアだから傷つきます。

でも、そのときにヤンキー時代を思い出せばいいんです。

あんまりピュアになってそれにあうとやられますから。
それは手ごわいですから。

いままでの地獄の一段階も二段階も上の地獄ですから。
それを心して下さい。

江原 :ただ、先生って孫悟空みたいなところがあるんですよ。

大事なときに、ぐっと腰にくるんです。

美輪 :観音様が、ダメよってときに孫悟空の輪がしまるでしょう。
それとおなじですよ。

義家 :いかんというときに、腰が痛くなるかだるくなるかどっちかなんですよね。

江原 :それは事故の後遺症とかじゃなくて、メッセージなの。
体からくるメッセージ。

義家 :誰がくれるんですか、そのメッセージ。

江原 :ここからはちょっと夢物語と思って聞いてもかまいませんけれど。

私たちにご縁の深い、観音様なんですよ。

すごく、おうち、おじいさんおばあさんがすごく信仰がありましたよ。

だから、ここってときにすぐに助っ人がはいるでしょう。
その助っ人を仕向けてるのが、そうなんですね。

義家 :家の仏壇に観音様があります。
よく、善光寺さんには、連れて行かれました。
今もときどきいきますけれどね。

美輪 :観音さんつながりがあったのね。

江原 :先生は守られてますよ、タイヤのパンクのときも。

義家 :この間、パンクしましたね。

たまたま、パンクを発見したのがインターを降りてすぐで、その横にタイヤ屋さんがあって、ポッと付け替えてさっといったという。

江原 :でもそういう力を得られるのは、自分以外で生きる人だけですよ。

自分のことだけで生きる人は、そういう益を得られません。


人のためにしようとする人には、じゃあ俺も力を貸そうという人がふえてくる。
そういうことなんですよ。

美輪 :だから、神仏のご加護を受けたい人は受けられる資格になりなさいということなんですよ。

ピュアな心を持ったら受けられる。

助けるほうもいやな人は助けてくれない。

義家 :すごく勇気付けられた。
でも、パンクはすごくびっくりしました。

あのときにつくづく思ったんですよ、
高速中に100キロでバーストしたら死んでるんですよね。

それが、インター降りてすぐになんとかなった。

美輪 :ありがたいわね。

ご家族とほかに一杯援護射撃する人が、千万人の味方と同じよ。

国分 :これからも周りにいる人たちというか、上にいる人たちもたすけてくれると思いますので。

義家 :肝に銘じてこれからもがんばっていきたいとおもいます。

ありがとうございました。

傷つきやすいヤンキー先生


子供たちを守るために、政治の世界に踏み込んだ義家さん。

初めて知った選挙の現実、誹謗、中傷にもあいました。


美輪 :大変でしょう。
政財官界というのは、魑魅魍魎の世界ですから。

義家 :そうですね。

びっくりしたことがあって、
初めて、本会議場にいったときに、学級崩壊してると思ったんですよ。

ちょうどそのとき、安部首相が所信表明演説をしているころだったんですよ。

野次は風物詩としても、携帯が鳴ったり、立ち上がる人もいたり。

所信表明というのは、生徒会長が僕らの方針はこうしますと言うときに、選んだ人たちがうるせいだまってろというような世界ですよね。
あれは、すごいショックを受けましたね。

一国の総理が所信表明を言うときには、それをどう思っていようと礼節を持って聞くべきなんじゃないかなと思うのはすごく感じましたけれどね。

美輪 :本当に烏合の衆、みっともない、先進国のやることじゃないですよね。
みんな冷静でなきゃいけない、常に知的でないと。

義家 :こんなに政治家が尊敬されない国って無いんじゃないかなと。

自分も経験して、政治って大変でした。

たとえば、街頭にいてつばをかけられるんです。

つばをかけられたときに、カッとなる以上にびっくりしたんです。
なにが起きたんだろうと思ったんです。

自分がされたらどう思うんでしょうかね。

国分 :選挙をやられたのは、何かをなしとげるためだということでしたが、それはなにを。

義家 :今は、ゆとり教育はどうだったかということの先で、指導要領の改訂作業があるんですね。

霞ヶ関、永田町って子供の声がまったく聞こえないんですよ。
聞こえてくるのは、文部科学省からくる数字だけ。

そこに、目の前の子供たちの声を届けていくこと、それしかないんですよ。
今それを、しっかりしなければという思いでした。

美輪 :彼らにはね、情報が入ってこないのよ。
井戸の中のかわずだから。

霞ヶ関、永田町は、異次元にいるの、江戸時代のままストップしているのよ。
現代に生きてないんだから。

みんなベルトコンベアーでいいところをすーっと来てるから。

この方(義家さん)の人生は波乱万丈でね、不良やなんやでした、
地獄を見なければ天国はわからないんですよ。

だから、今は天国しかしらない2代目3代目の坊ちゃんばかりが代議士になっているでしょう。

地獄をしらないでしょう、だから、地獄にいる人たちを救うことができないんですよ。

こういう方(義家さん)が代議士になって当たり前なの。
こういう方ばかりが代議士になれば、本当に世の中よくなりますよ。







・親のありがたみを知る

江原 :先生のもっとも原点となっている優しさって、おじいさんおばあさんからの愛ですね。

これは、無条件の愛でした。
その愛情が、ずーっと生きててその愛を思い出して欲しいみたいですよ。

わかっているけれど、あらためてもう一度。
暖かい愛は、先生のいう「うざい愛」だったと思いますよ。

義家 :自分が高校をクビになってしまったときに、2階のぼくの部屋に上がって来たんですね。
「弘介、じいちゃんとばあちゃんは、お前が大学に行くまでに生きているからな。」って言ったんですね。

こいつら、ぼけてんじゃないかと思ったんです。
昨日、退学になった俺が大学に行くことなんかあるわけないだろうって。

これは、家の人に聞いたことですけれど、俺が合格したときに2人で仏壇の前で泣いてたっていうんですね。

美輪 :やっぱり、人間は愛なのよ。

いろんな子をみてきたけれど、おじいさんおばあさんどころか、誰にも愛されたことのない子だっているのよ。
これは大変よ。

愛ったって、向こうはどうしていいのかわからないの。
愛されたことがないから、だから、そういう子を救うのは大変。

江原 :今大事なのは、うざいひとなんです。

それは、愛情がなければ関心を持たないから。
うざいといっても、そこに寄り添ってもらえばそこに愛情を感じるはずなんです。

義家 :一番の心の土台は、おじいさんおばあさんからもらったこと。
すごく大きかったですね。

罪も感じてるんですよね。
よく、じいちゃんばあちゃんが甘やかしたからこんな子供になったとかね。
本当に出て行くときにごめんなさいという気持ちでしたね。

大学に入るまで生きてるというのを果たせてよかったなと思うんですよね。

美輪 :子供を持たれて、親の愛がお分かりになりましたでしょう。
だから、おじいさんおばあさんがどう思われていたかおわかりになるでしょう。

義家 :はい。 わかります。

美輪 :子を持って知る親の恩というの。

義家 :彼の存在のおかげで急速に取り戻せているんですよ。
まず、彼を育てている妻を見て、母を急速にとりもどして、
かわいいけどしかっている自分で父とはなんだったのかということを急速に取り戻している。

過去に失くしたものを、彼と過ごした4年間で満たされている。

江原 :すごい先生ですよね

美輪 :他人を教えることによって、自分も教わるの。


国分 :末期がんで12歳ぐらいで亡くなっちゃう女の子の話しをやったんですけれど。

それで、右手が動かなくなりながら、左手で残した詩があるんですけれど。

12色のという詩をかいてるんですけれど、

『12色、ここには12色の色がある

目立たないけれど、みんながんばっている

ひとつひとつ 』

という詩があったんですけれど、先生としておしえているんですけれど、
国分太一として教えられたなということがあったんです。

江原 :12色みんなあつまると目立つ色になるんですけれど、これがばらばらになると目立たなくなっちゃうんですけれどね。
みんな集まると引き立てあうんですよね。

美輪 :どの色もひとつひとつ大事ないい色なのよ。

江原 :この家庭は、表現がへただったんですね。
表現力が乏しかったらしいんです。 どうですか?

義家 :そうですね、親父の本音を生まれてこの方1、2回しか聞いたことが無いような気がします。

倒れたときですね、今まで憎んでいたこと人を愛してたんだって初めて思ったんです。

本当にあのとき勘当されなければ今は無かったかもしれません。
今でも、家でごろごろしてたかもしれませんね。

江原 :誰よりも突っ走る、誰の言葉も耳を貸さないタイプですよ本来。

義家 :そうでした。







・傷つきやすい義家さん

江原 :先生はみんなからサポートされなきゃいけないのは、とにかく傷つく人なんです。

義家 :そうです。 やっぱり傷つくんですよ。
彼らはたよってくれて。
でも、彼らが持っている荷物も重たくて、心を共有すると
ずたずたになるんですよね。
本当におかしなぐらいまったく眠れなくなるときもあります。

国分 :今は、政治の世界にいるじゃないですか、そこでも傷つくんですか。

義家 :ここは成し遂げに来たのであって、その場所をおかりしてお世話になっているんです。

システムを変えなきゃいけない、そのシステムの転換期に法律をつくることはこの国会にしか出来ない。

そこの話し合いに加わりながら、まったく話し合わずに
「僕は教育に人生をかけてる」とは絶対いえない。

だから、僕は今回大きな決断をしたんですけれど。



義家さんが先生を続ける理由


1999年義家さんは、母校で教師になりました。

自分の不良体験と不良たちを指導した経験がベストセラーになり、
ヤンキー先生としてマスコミにも登場するようになります。

全国から寄せられる教育の悩みをしり、
教育改革への思いがますます強くなっていきました。



・先生を続ける理由

国分 :自分が実際人を教える立場になったときは、思うようになっていかなかったりとかしましたか?

義家 :大体、教育って9割9歩子供って思うように行かないんですよね。
そこから逃げないことが教育なんじゃないかなと思うんですよ。

そうすると、とてつもない感動に出会える。

その感動に出会うと教師ってやめられない仕事なんですよね。

国分 :1年目からそういう感動に出会えたんですか?

義家 :そうですね、うまくいかないことばかりでした。

真剣に向き合おうとすればするほど、一人よがりだったり。

江原 :なぜ、先生がつづけられるらね、
そこに、自分がいるからですよ。

そのひとりひとりが自分なんですよ。

だから、ほおっておけない。

国分 :あんなに熱い先生いないですね。

義家 :自分が学校に行ってあんな先生いたらいやですね。
本当に暑苦しくていやですね。

国分 :その分、向き合おうとするんじゃないんですかね。

義家 :震えてる子にいつも大人って光を当てようとするじゃないですか。
スポットライトを当てられるように育てるじゃないですか。

でも、震えを止められるのは熱しかないんですよね。

希望をいくらだして、将来こんな風になれるかもしれないなんて、
光をどんなに当てられても落ち着かない。

そのときに、そっと熱を与えてあげられるのが教育界にいる自分自身の役割だとしたら、
すごくしあわせだなって思いながら向き合ってます。


国分 :高校生って一番難しい時期じゃないですか。
本音はいいたくないじゃないですか、でも、先生の中には聞いてくれようとする人がいて、そういうのが救いだったりしたんですよね。

義家 :そういう人もいますが、しみじみ「うざかった。」っていうやつもいますけれどね。
うざいってのは、ほめことばですよね。

「大人はなにもしてくれない。」ってあいつらはいってるんですから。

俺がしようとしてるから、うざいんだろう。
つまり、「求めている教師像がここにいたね。」なんてね。
開き直ってたりしてましたけれどね。

近寄るな、うざいとか、今でもしょっちゅうですよ。

国分 :そういう場合はどうするんですか?

義家 :ありがとう。
ほめてくれて、ありがとう。

美輪 :それと義家先生の場合、「蛇の道はへび」だから。

お説教したり、話し合っているうちに昔の自分がそこにいるから。

実際に通ってきた道だから、言葉を選べるの。
言って欲しい言葉が。

江原 :今の時代にもっとも必要なのって、そこなんですよね。

自分のことだから、ほっとけないでしょう。

今は、他人のことだから、ほっとくんです。

相手を、自分と捕らえることが、だんだん出来なくなってしまってるんです。

美輪 :「思いやりを持ちましょう。」
事件が起きたら、校長先生そういってる。

では、思いやりはどうやってもったらいいですか?

答えられない。

思いやりは想像力ですよ。

では、想像力を養うにはどうしたらいいんですか?

詩や俳句や和歌や短い言葉で想像して、いかに短い言葉で表現するか。
その練習が足りないだけ。

国分 :想像力が足りないんじゃないかなということですが。

義家 :今も大学で教えているんですが、想像力が足りないんじゃないかと思うことが、個々と話すとよくあるんですよね。

想像力が育ってないのに、想像できない情報シャワーが押し寄せてくる時代になった。

自分の確固たる心が出来上がってないのに、とんでもない誇大妄想がふりかかってきてしまう。
その誇大妄想が、日常になっちゃうんですよね、子供たちの。

だから、なにが痛くて、なにがしあわせでうれしいか、わかんなくなっちゃう。

昔、暴走族の喧嘩のときにでバットに釘を刺してるやつがいたんですよ。
でも、それでなぐったやつを見たことがないんですよ。
死んじゃうとわかってるから、
威嚇のために存在してるだけで。

でも今は、本当に殴っちゃう。

そんな危険な時代だからこそ、痛みの教育というのか、
しっかりと痛みを伝える教育をしていかなきゃいけないんじゃないのかなって。

江原 :それでいて、転ばさない。

全部、お膳立てしちゃうんですよ、今は。

のどが渇いても、「お水飲みたい」って言う前にお水を出しちゃうんですよ。

なぜかというと、楽だから。

親は、それが楽なんですよ。

子供が散らかしているときに、「まだ片付けてない。」っていうでしょう。
あれは、横着です。

一緒に片付ければいいんです。

それも、しょうがないって言って、子供がいないときに片付けちゃうんです。

これって大変そうに見えて、親の横着なんです。

それでは、子供が想像力を持つための材料を持つことが出来なくなってしまう。







・いじめをやめさせたい

国分 :いじめの原因はどこにあると思うんですか?

義家 :いろんなケースがありますが、ひとつは自分かわいさですね。

こんなことをいう子がいるんですよ。
「いじめられないために、いじめるほうにまわろう」ってね。

そういう意識の中で、いじめが始まり、地下進行して行くわけですよね。

だから、ひとりひとりが認められること。

これは、自分が小さい頃に認められたかったから、余計にそう思うのかもしれませんね。

江原 :いじめは犯罪だってことを理解したほうがいいと思うんですよ。
いじめは犯罪ですよね。

美輪 :それと、いじめるほうは、自分は頭が悪いんです、
劣等感を持ってます、最下等の人間だということをふれまわっているようなもんだよって。

誇りがあって立派な人間がこんなことするか?

あんたをみんな暴力を怖がっているんであって、あんたを怖がっているんじゃないんだよって。

そこで、恥と誇りをつまびらかにしていくと、「えっ」と、
実は、バカにされ、嫌われてきたんだということがわかるんですよ。
そうすると、やめるのよ徐々に。

一杯不良だった子を更正させてきたでしょう、
自分も不良だっこともあったし、悪い中にもいたことがあったからね、
それがわかるのよ。

国分 :実際どうですか、いじめってのは増えていってるんですか?

義家 :そうですね。
より陰湿に判りづらくなっている。

だから、その対応といまいった精神論を叩き込むことが大事であって。

よく今、卑怯を教えると教育界でも語られるんですけれど。

ある程度、卑怯でないと大人の世界では通用しないでしょうって。

でもね、いま美輪さんがおっしゃった恥ね。
これには、異常に反応するんですよ。

プライドが高いやつらだから、「お前恥ずかしくないの。」って言うと本気になって反抗してくるんですよね。

本気になって反応してくるから、それは響いてる証拠なんですよね。

『恥の文化が日本だ』っていうけれど、それは今でも生きているような気がするんですよね。

恥というのは、突破口のひとつのような気がしますね。

美輪 :不良の子を更正させるには、自分が上からものを言っちゃだめなの。

もっと悪じゃなきゃだめなの。
そこで、パーンとやってなでてあげる、まあ、いろいろね。

義家 :僕を救ってくれたのは、なんでもいいよいいよと言ってくれる人じゃなかったし、
本当に真剣な熱そのものだった気がします。

だから、この身をもって感謝してるからこそ伝えたいと思っているんですよね。



義家弘介さんの人生の転機


今週の「オーラの泉」ゲストは、
ヤンキー先生でおなじみの
義家弘介さんでした。




・あったかい熱

国分 :美輪さんはどうですか?

義家 :超越者という感じがします。

日本の曲がったところをまっすぐにしてくれるんですね。

まさに、刀の居合い切りみたいに。

ときどき、自分も切られてます。

国分 :江原さんとはどうですか?

義家 :非常に尊敬しているんですよ。

やっぱり教育って熱だと思うんですが、
自分の熱が火炎放射機の熱だとしたら、
江原さんのは、あったかい熱。

それは、自分に無いものだし、すごく尊敬するんですよね。

それと、これは自分の悩みなんですが、
傷を共有してしまってボロボロになるんですよね。

それで、「傷つきませんか?」といったら、
「傷つきます」と、柔和な笑顔で答えてくれたんですよね。

そのときに、あっ、この人ってすごいなって心から思いましたね。





□1971年 長野県に生まれた義家さん。

生後まもなく両親が離婚。

祖父母に育てられ、父親との関係がうまくいかず、
中学時代に不良となり、高校を中退。

実家からは、勘当されました。

彼を受け入れてくれたのは、
北海道の北星学園余市高等学校でした。

担任の安達先生との出会いが人生を変えました。

無事、高校を卒業して、弁護士を目指して大学に進学。

しかし、大学4年でオートバイの事故に遭い内臓破裂の重症で生死をさまよいました。

そのとき、北海道から駆けつけてくれた安達先生。

「死なないで。
あなたは、私の夢なの。」と言われ、
義家さんの心に教育への情熱が芽生えました。







・人生の転機

国分 :人生の転機が、高校のときにバイクの事故にあったとき。
どんな事故だったんですか?

義家 :自損事故で、相手はいないんですけれど、
今も事故現場を見に行くんですけれど、何でこんなところで事故をおこしたんだっていうような緩やかなカーブなんですよね。
そこで、転倒して民家の石におなかからぶつかったんです。

警察の現場検証でも、まったく覚えてないんですよね。

激痛で気を失い、激痛で目を覚ますんですよ。

国分 :事故のときは、気持ちが揺れているときだったんですか?

義家 :あのころ自分が、口癖のようにいってたのは、
「絶対に天下取ってやる」ってたんですよ。

「こんな時代のど真ん中で噛み付いて生きてやる」と。

あの事故をきっかけにまったく考え方が変わりましたね。

国分 :それは、先生が来てお話しをしてくれたのもきっかけにはなっているんですか?

義家 :もちろんです。

公然と口で、夢だなんていわれることは人間てないじゃないですか。

母親ってしらないじゃないですか。
だから、そのとき、彼女が本当の母親に感じたんですよね。

生まれては初めて心の底から生きたいって思ったんですよ。

国分 :司法試験を受けようと思っていたのに、
教師になろうと思ったのも入院中。

義家 :そうですね。

自分がどんなに望んでも、自分はこの人の子供ではない。
だったら、この人が進んできた教育という名の道の続きを歩いていこうっておもったんですね。

そして、このクソったれの世の中だから、一杯傷ついたり涙したりするやつらがいる。
だったら、その連中に寄り添いながら生きていこうて、
時代に噛み付いて生きていくんじゃなくて、そいつらに寄り添いながら生きていこうって自然に思ったんですね。

国分 :義家さんは、学生のときそういう学生だったんですか。

義家 :いや、そういうやつじゃないですよ。
自分のことを主張するだけのおろかな存在でしたからね。
失敗すると、いつも人のせい、あいつのせい、親のせい。

生きてると思っていたけれど、そのときに、生かされていると真から思ったんですよね。

江原 :その事故で、自分の心を殺されたんですよ。

義家 :そうですね。

ある程度の年齢になると、生まれてすぐ離婚するということは、
俺が生まれる前から話し合ってたんじゃないかと。

だったら、望まれないで生まれてきた存在じゃないかと。

自分を責めることで、自分の足元を確かめてる自分の存在が確実にあったと思います。

美輪 :自分の弱さとか、悲しみとかを見るのが怖かったのよね。

江原 :ある意味、こんなに無駄のない人生のかたって珍しいと思うんですよ。

課題どおりに生きて来られた、たましいの上では、優等生。

国分 :本当は、事故は起きないほうがいいですが、義家さんにはいい事故だったんですね。

江原 :そいうことって一杯ありますよ、人生というのは。

義家 :不思議なことに後遺症がまったくないんですよ。
あれだけ、内臓がだめになったのにお酒も飲めるんですよね。

それも、不思議で仕方が無かった。

美輪 :区切りがついたんです。

小学校を卒業したんです。

そこから、中学校に入った。

江原 :優等生というのはある意味天からかわいがられた人ですよね。

天から愛されるというのは波乱万丈ですよ。

小泉孝太郎の未来を予想


○小泉孝太郎の未来を予想


国分 :おじいちゃんとかおばあちゃんに育てられたんですか?

小泉 :おばあちゃんと父親の姉ですね。

美輪 :おじいちゃんは?

小泉 :おじいちゃんは、僕が生まれる前に亡くなっているんで。

美輪 :思いがすごいわよね。

江原 :今もなお。

ずーとある。
ちょっと“過干渉”かなと思うぐらい。

美輪 :おじいちゃんがね、本当は役者じゃなくて
政治家にしたかったのよ。

政治家にしたくて、したくて。

江原 :まだわからない、将来があるから。

国分 :今もおじいちゃんはその方向にすすめようとしてるんですか?

美輪 :とにかく、自分の思いがたっせられなかったから、
なんとしてでもね。

すごい勢いで残っているのよ、エネルギーの塊として。

小泉 :なぜそれが父親にに行かなかったんですかね。

美輪 :行ったのよもちろん、総理大臣になったじゃないですか。

あれは、お父さんの力だけではないですよ、おじいさんのエネルギーもものすごかったんですよ。

江原 :孝太郎さんはもう芸能活動をなさってて、みなさんがこの道だと思い込んでいるでしょう。

「ああ、じゃあお父さんの後は継がないんだな」と思うんだけれど。

迂回、迂回中。

美輪 :遠回り、急がば回れなのよ。

小泉 :そういう風に、江原さんも美輪さんも僕を見えているということですか。

江原 :はい。

美輪 :だって、おじいさんがそう思っていらっしゃるから。

小泉 :僕が、30、40、50になっても思い続けていることなんですかね。

国分 :なりたいですか?

小泉 :いや、ぜんぜん。

政治のにおいがするところとは、かけ離れて生きて行きたいです。

国分 :でも、このまま行くとその方向に行ってしまうわけですよね。

江原 :いいじゃないですか自然に任せていれば。

なんにも今から決める必要ない。

小泉 :自分では、絶対ないと思ってますよ。

美輪 :それでは、今からなにをすればいいかということですよ。

役者としての本格的なものが必要なわけ。

それをやっておくと、後で政治家になろうと、政財官界のどこへ行こうと役に立つんですよ。

人生というのは、いろんなことがあって、進化していっていろんなものが見えてくると、
芸能人で人を癒し慰め励ましていても、まどろっこしいと。

もっと、実利的に実際に人を助けるにはどうしたらいいかと。

そして、国民の事務処理をやるには政治家しかない、なら、官僚を動かしてああやらなきゃいけない、そうすると人々のためになるでしょう。

人助けには、代わりがないわけだから。
それは、お好きでしょう。

小泉 :はい。 美輪さんがいうと、すごいわかります。




□このときの様子を小泉純一郎前首相が見ていました

小泉 :このときの様子を父親が見ていて。

実際、僕はおじいちゃんとあったことが無いんですよ。
生まれる前に死んじゃったんで。

ただ、美輪さん江原さんが、一言で僕のおじいちゃんの性格を
“過干渉”と言ったんですね。

『過干渉のおじいさんですね。』って。

それに、僕のおやじは驚いていましたね。

「一言で言うなら過干渉だ。」って。







○代理出産で母親になった
   向井亜紀さんへのメッセージ


江原 :(向井さんとは)僕は、縁がいっぱいなんです。

向井 :そうなんです、(ガンの治療のため)子宮を取ってしまって、その中にちいさな赤ちゃんがいたので。

その赤ちゃんの命を、自分が病気になったせいでつみとったということが本当に辛かったので、
どうにか違う方法で、赤ちゃんを自分の家族に引き入れる。
家族を増やすという夢があったんですけれど。

そのときに、いろんな相談をしたんですよね。
それこそ、賛否両論ある代理出産という方法をとるまたは、
養子を迎えるという方法もある。

いろんな可能性がある。



□さまざまな可能性を考えた結果、代理出産を選びました。


向井 :2度チャレンジしたけれど、やっぱり結果が出なかったので、
でもチャレンジしたことに意味があるとあきらめようとしたときに。

ぽんと、連絡がついて、
「亜紀さんあきらめないで。
不妊治療というのはつらいから、続けることもつらい。

あきらめることもつらい、どっちもつらい。

だけど、あきらめないで。

いるから、ここにいるから。

2人の間に下りてこようとしている魂がいるから。」っていわれて、
つらいとわかっているけどやってみてっていわれて。

だから、今うちは、4人家族。



□2003年双子の赤ちゃんを授かった向井さん、
でも次の問題が待ち受けていました。


向井 :だけど、反対意見というのがあって、
それこそ、私が全部受け止めたいんですけれど、
そういうものが、子供にも降りかかっていくということが。

江原 :子供さんが大丈夫だろうかというその気持ちはすごくよくわかるけれども。
子供さんが大丈夫かよりも親御さんが一生懸命愛情をかければ大丈夫なんじゃないですか。

向井 :そうですね。

勉強しようと、いろんな人のところに聞きに行ったら。

偉い弁護士の先生に、
「あなたたちの子供は、かならず差別を受けますよ。
だから、代理出産はダメなんです。

子の福祉にかなってないんです。」って言われてすごく落ち込みましたけれど。

「生まれか方や家族構成で差別するのは良くないと思いませんか。」って言ったら。

「あなたは、本当に理想論を言ってもしょうがないんですよ。」って言われて。

江原 :あのね。 変な風に聞こえたらあれですけれど。

人間というのは、逆風が吹くと強くなるんですよ。

だから、逆に言うと家族というものの学びをこれからも深めていかなければならないし、
だから、子供をちゃんと育てていかなければいけないんじゃないですか。

向井 :はい。 不安ですという前に。

江原 :そう。

それでいて、この学びの中かに来た子ですよ。
打ち勝てるはずに決まっているじゃないですか。

向井 :あそこで待ってた子なんですか?

江原 :そうですよ。

それと、なんで2人かわかりますか?

失った子がまた来たんだから。
病気のときにね。
1人が2人になったんだから、だから、負けちゃダメなんですよ。

あのときに言ったでしょう。
待ってる子が1人いるって。
だけど、2人になったでしょう。

あなたが、帰ってきてくれって言ったでしょう。

向井 :はい。

江原 :だから、帰ってきたでしょう。

こんなしあわせなことはない。

向井 :もう一回会いたいと思ったけれど、
会ってたあたし。

江原 :だから、世の中で苦しむ女性たち一杯いるでしょう。
そういった人たちの励ましをしなくちゃだめですよ。

役割なんだから、それが。

国分 :勉強になりました。
僕は、自分のために生きることに必死で、人のことをみれてなかったと思いましたね。

あと、自分もはやく親になりたいです。




□親について

美輪 :母というものは、世間全部、百万の敵が来てもそれを自分が守ってみせる。
世の中全部を敵に回しても、この子の見方、それが母親なのよ。

国分 :自分も素直に、自分の子供を持ちたいな思いました。

江原 :それと大事なのは、きずななんですよ。

たとえば、代理出産じゃなくてもご養子をとられているかたもいらっしゃるわけで。

そうすると、育ての親というふうになるわけですよね。

それで、悩んでいる人が一杯いるんですよね。

だから、大切なのはきずなだといっているんですよ。

血じゃないんだ、きずななんだって。

勝俣 :子供が育ててくれますよね。

江原 :勝手に生まれて、だれでもお父さんお母さんになるわけじゃないですから。
本当におっしゃるとおりです。

勝俣 :結婚したときは、大好きだと嫁のことを思っていたんだけれど。
子供が出来ると、もっと好きになるからね。

この2人のためだったら命を張ってでもって男も思い出すっていうの。
子供は、レベルがぜんぜん違いますね。


























陣内さんは子供で苦労する


・陣内さんへのアドバイス

国分 :今日は何でこられてるんですかね?

江原 :特に問題はないんですけれども。
アドバイスさせていただくならば、
やさしさをつねに持続してゆくこと。

陣内 :やさしさってなんなんだろと、わからなくなるときがあるんですよね。
やさしさってなんだろう。

江原 :ご夫婦お2人が活躍なさってればいいだけのことじゃないですか。

イギリスより前の前世をみれば、こういう結婚になるんだなとわかるんです。

国は違うんだけれども、『トゥーランドット』そのものなんですよ。

自分が、宝物のような奥さんをもらって大事にする人なの。

普通に手に入るものとか人までいやなんですよ。

そうじゃないと大事にしないの。

常に尊敬というものであれば大丈夫なんですよ。

だけど、ひとついわせていただければ、
人というのは、強い面ばかりではなく弱い面も波もある、
どんなときにもお互いに助け合うということを忘れなければいいんじゃないですかね。






・『トゥーランドット』のような陣内さん

美輪 :陣内さんのいいところは、さっきのトゥーランドットじゃないけれど、いままでの男は、事務所の圧力とかに弱かったのよ。

でも、吉本が言おうがなにしようが自分の思いや恋心を貫いていくそういう人ははじめてだったのよ。

江原 :強い男の人なんですよ。

今日はじめてお会いしたんですけれど、今まで思ってたイメージとは全然違う。

オーラだって赤が強いし、青もものすごく強いんですよ。

だから、この方は芸人さんじゃないなと。

美輪 :テレビのイメージとは真逆なんですよ。

陣内 :テレビのイメージではそうなってますが、家に帰るとそうじゃないですが。





・子供に苦労する

陣内 :08年仕事はどうでしょうか。

美輪 :前世から生まれ持った資質なんですよ。

陣内 :だから、なにをやっても満足できないんですよ。
奥さんもらって、すごいなっていわれて幸せなんですけれど。

江原 :だって前世で早死にしてるんだもの。

欲しいものとしたら、時間だけでしょうね。

長生きして、自分がやれるものをやって生きて生きたい。
やりつくしたら、死んでもいいみたいなね。

日々、貪欲でしょう。
あれもやりたい、これもやりたいって。

美輪 :それと、愛情問題では、奥様をあいしてらっしゃるけれど、
一人でいても平気なの。
一人が大好きなの。

陣内 :そうですね。

江原 :本当にうまい組み合わせなの。
お仕事でいそがしいでしょう。

陣内 :大阪に住んでますし、週に3、4日ぐらいはいっしょなんですけれど、3日は自分の時間があるしすごい良いバランスなんです。

美輪 :朝から晩までべったりというのは、この人にとって地獄なのよ。
誰といても、たとえすごく愛し合っていても。

だから、前の女の人もずっと一緒にいたから、すぐにあきちゃったのね。

江原 :あなたにすべてささげますとかだったら、すぐに終わりますからね。
簡単に手に入るのはいやなんですよ。

陣内 :そうですね、おそらくそういうのはあるでしょうね。

江原 :人でもものでも仕事でも全部そう。

国分 :それは、直したほうがいいんでしょうか。

江原 :直らない。

自分の要素がそうだなと思ったら、受け入れていくことなんですよ。

それが、受け入れてないから、あれだけ胃が痛んだんですよ。
すごく神経質で、すごく胃が痛んで、食べ物がうまくない。

陣内 :あります、今もありましたね。

江原 :すべてじゃないんだけれど、
ちゃんと自分を受け入れてないと、ここにくる(胃や腸など消化器系にくる)んです。
迷信みたいだけれど。

消化不良、食べ物が食べれない、そこにあるメッセージは、

『自分の質をよく理解しなさいということ』
なんです。

陣内 :子供はどうなんですか?

江原 :欲しければ。

まだ、欲しいと欲しくないと気持ちがぐらぐらしてるんだもの。

陣内 :はい。
いや、いいタイミングがあるのかなとかなと思ったから。
本当に、江原さんがいうとおりなんですよ。

江原 :なにをいっているんですか、お二人とも計画に次ぐ計画の人たちでしょう。

私に聞かれても、計画立てて、することしてくれなきゃダメじゃないですかねえ。

陣内 :子供について、うちの奥さんが海外のスピリチュアルな方に、
「あなたは素晴らしい人生の方だ、でも、子供に苦労する」っていわれたらしいんですよね。

すごく気にしてるんですよ、「大丈夫だよ」っていってるけれど、奥さんもその一言がすごく気になっているようで。

美輪 :なにをいってるんだか、子供に苦労しない親なんかいやしませんよ。

江原 :そのとおり。

それに、そんなの霊視で見なくても当たり前で、
この2人の子供だもの苦労するに決まってるじゃないですか。

陣内 :それで苦労するという。

美輪 :子供で苦労しない親はいないんです。

江原 :最初から注目されちゃうんですよ。

国分 :紀香さん似だったらいいですけれどね。

江原 :こういう評価もあるんでね。

陣内が藤原さんとお付き合いした理由


・藤原紀香さんとの出会い

国分 :ドラマの中で共演することで好きになっていっちゃったんですか?

陣内 :それは無かったですね。
結婚なんてかんがえてないし、恋愛なんてまったくかんがえてませんでした。

僕は、お仕事として淡々としたんです。
向こうから話しかけてくれたんで、いい人だなって思ったんです。

最後に手紙を書いたんです。
もう二度と会えないであろうと思ったんです。

でも、良かったら連絡くださいというので渡したんです。

それで、一週間後にメールが来たんですよ。
「また、良かったら、お仕事しましょう」という感じで来たんです。

すぐに返したんですが、特に書くこともなかったんですが、
それから、メールが来るようになって。
夜も電話がかかってくるようになって、でもだまされたあかんと。

美輪 :うれしかったんでしょう。

陣内 :もちろん、うれしいですけれど。
でも、ここでまいあがったらあかんと。

それで、毎日のように電話を交わすようになっていったんです。

風邪ひいたときも、この薬がいいですよとか、この病院のこの先生がいいですよとか、親身になってしてくれたんですよ。

美輪 :お付き合いをするようになって、いつから僕のことを好きになったんだっておききになった?

陣内 :ふたがあいたので、付き合って欲しいと告白したんですよ。
そしたら、「そんなんじゃない」と断られたんですよね。

「あなたといたら落ち着くんです。 ただ、恋愛関係にはなれない」といわれたんです。

藤原紀香として、いろんな恋愛をつぶされたりとかしたこともあったみたいで、「そんなことはしたくない」と「私と付き合って迷惑をかけたくない」ということになったんですよ。

それで、「もう一度、冷静になって私と付き合いたいのならもう一度連絡して欲しい」と言われたんです。

となったんですが、僕はなにもかんがえずに次の日に連絡したんです。
彼女は恋愛について深くかんがえていたんですが、僕はあまりかんがえてなかったんです。

藤原紀香という名前はすごいと思ってましたけれど、僕の中では普通の女性と思ってましたので。

次の日に、「そんなことをいわれても僕はあなたのことを好きなんで連絡します」っていったのが多分よかったと思うんです。

彼女も元々少しは思いがあったんですよ。
でも、「そんなわけがない」と「私がこんな人を好きになるわけがない」と。
でも、なぜか電話してしまう、電話を待ってしまう。
でもそれで、正直になれたと。

美輪 :彼女は偉いわよね。
自分の声に忠実に、回りに言われたってなにしたっていうのはね。

陣内 :僕も付き合っているときに、そんなわけはないと思いましたもん、そんなわけは無いって。

それから、映画やご飯を食べに行くうちに結婚どうしようという話になっていったんです。
まず、ご両親に挨拶にいこうかとかいう話をしてましたね。

国分 :付き合ってくださいということは、ちゃんといわなくても、
プロポーズはちゃんとしたんですか?

陣内 :プロポーズはちゃんとしました。
プロポーズは、伊勢神宮で。

僕は、小さいときに毎年母親に連れていかされてたんです。
僕は、いやだったんです。
寒いしいやだったけれど、神様が本当にいそうなイメージがありました。

プロポーズするなら伊勢神宮かなと。
神社とかがすごく好きな方だったんで、じゃあ伊勢神宮に行こうって。

江原 :お二人で伊勢神宮にいったら目立ったでしょうね。

陣内 :そうですね。 ちょうど騒がれてた時だったので。
神様の前でいいましたね。

国分 :なにをいったんですか?

陣内 :俺がしわせにしてやるとはいえなかったんで。

一緒にしあわせになりましょうって。

一緒にともに恋愛をして下さいっていったんですよ。

江原 :ざんねんだけど、藤原紀香さんていう名前が一人歩きしちゃうんです。

お会いしたことはないけれど、見てるとね。
ごく普通のお嬢さんのこころを持った人でね。

その感覚は、消えてないんだけれど、演じてる自分もあるわけで、
使命・役割として自分はどう振舞うべきかといのと素になっていいときとそのはざまが大変だっただろうなと。

でも、陣内さんとお会いになってその素の部分が出せるようになったと思うんですよね。

ご自身でもおありになったとおもうんですけれど、よくありがちなんですが、生涯、女優として生きなければいけなくなる。

そうやって演じて生きていく人生もありますよね。
自分という個人を失くして。
大女優さんに多いですけれど、それよりね、普通の女性のしあわせもとっていいのかってね。

上手に軌道修正をしたと思うんですよね。
だからといって、仕事を捨てるわけでもないですから。

上手、バランス力がある方です。

国分 :結婚してから、変わりましたか?

陣内 :僕はね、ほんとは変わってないですね。

まわりは、かわりましたね、「結婚してどうなん」って。

格差、格差婚と言われて、僕はなんとも変わらないですよね。

僕は、亭主関白なんで、仕事をもっとうりにいきたいみたいなのはありますね。

美輪 :亭主関白でね、外づらがいいのね。
育ったうちでも、うちづらがよろしくないのね。

江原 :格差婚とかいわれたって全然気にならないですよ。
だって、それが自慢につながるんだから自分の中で。

美輪 :だったらおまえやってごらんっていう。

国分 :そういう感じなんですか、ちょっとはなにつくな。

江原 :それともうひとつ、これぐらいの人じゃないと陣内さんの奥さんになれない。

だって、わがまま、本当に亭主関白なの。
これぐらいの奥さんでなかったら、抑えられない。

自分にとっての宝物を得たというものでないと、ものすごく女性に対してひどいことをする。
ものすごいプレイボーイでもてましたよ。

陣内 :確かに気持ちがなくなったら合意の上で、すっと。

美輪 :好意がなくなると、まったくすーっとなくなるの。
取り付くひまが無いの。

陣内 :そうですね。

江原 :だから、家法みたいな宝物みたいな奥さんをもらわないと大事にしない。

陣内 :気持ちがなくなったときの冷たくなるのはわかりますね。

美輪 :どっちかというと、知能犯で別れ上手ということなのよ。

国分 :あの、でてくるキーワードだけ聞くと友達になれないですね。

江原 :だから、奥さんほど惚れこんで、のめりこんで付き合った人いないんじゃないですか。

陣内 :それは、いえますね、彼女の言うことなら聞けるとか、
尊敬はしてると思うんですよね。







・前世の影響で几帳面

江原 :前世は、観覧車から落ちて亡くなったんですよ。

あのね、イギリスで結構、古い時代ですけれどね。

観覧車と言ってもサーカスみたいに、テントを張って楽しむようなものなんです。

もともとは、お父様が実業家でその息子のボンボンだったんですよ。

それでいて、文学少年、綺麗なものとかが大好きで、現実的に働くという意識が全然無かった人。

デート中に落ちたんです、その当時では大事件だったんですよ。

陣内さんは、お仕事で陽気にしているだけで、本当はむしろ寡黙で、それこそ英国紳士がお茶でも飲んでるかのような人ですね。

美輪 :そっちの方が好きなんですよね。

陣内 :家でもしゃべらなかったですかね、家では。
外ではしゃべるんですが、本当に外で。

江原 :本当に几帳面で、外に止まったらどさっとしてもいいけどそれはなくて、どこにいてもこだわりや美を求める。

陣内 :それは誰かいなくても、汚いパジャマじゃなくて綺麗なものを着てますね。

江原 :部屋は整頓されてるし、綺麗だし、無駄なものがあるといやだし。

美輪 :それと、無駄なものはすぐ捨てるしね。

陣内 :そうですね。 捨てますね。


陣内智則さんの売れない時代


「オーラの泉」今週のゲストは、
07年藤原紀香さんと結婚して話題になった
陣内智則でした。



・スピリチュアルチェック

 自分の性格をひとことでいうとなんですか :
 わがままと短気です。

 毎日かかさずすることはありますか :
 数珠を毎日つけてます。

 ストレス解消法を教えてください :
 神社に行くのが落ち着きます。

 好きな女性のしぐさを教えてください :
 好きなゲームにのめりこんで集中しているぐらいの子が好きですね。

 よく見る夢を教えてください :
 ビルの屋上から落ちる夢とかを見ます。

 人生の転機はいつですか :
 吉本に入って一人で活動したときと結婚です。


国分 :数珠を毎日もっているんですか?

陣内 :昔は、あんまり信用とかなかったんですが、奥さんの影響で僕にあう、たとえば気持ちが弱っているときにあうやつとか体力が弱ったときにあうやつとかを毎朝渡してくれるんですよね。

何個かあって、あうやつを調べて渡してくれます。
無かったら気持ち悪いですね。

今日は3つなんですが、ひどいときには6こぐらいつけてました。

国分 :6つとかはどうなんですか?

江原 :ちょっとやりすぎな気もしますが。

陣内 :今日はお2人に会うということで。

江原 :魔よけですね。

国分 :こういうのはつけていることはいいんですか?

江原 :お友達です。

そこに依存するんじゃなくて、お花とかといっしょでお互い共存共栄でね。 助け合うということ。

陣内 :はじめてのプレゼントが数珠であったりとか。

「これはあなたにあうから着けといて」っていって。

江原 :それは、よほど愛情があるからでしょうね。

自分で気に入らないと人から気負わされることが大嫌いな人ですよ。

さっきの短気、わがまま、そのとおりです。

美輪 :世間では、あっちのほうが主導権を握っていて、
こっちのほうが下手にでてって思ってるじゃないですか。

逆も逆。 大逆よ。

国分 :だまされてる。

江原 :人から言われたことは聞かない。
自分が先に動いたことはいいぞっていうんですけれど。

だから、よっぽど奥さんを愛してるんですよ。







・芸人として売れない時代

国分 :陣内さんは、もともとはコンビだったんですか。

陣内 :はい。 まったく人気が無かったし、受けなかったです。

「リミテッド」っていうコンビなんですけど、
なんでうけないんだって名前を調べたら
「限界」とかそういう意味だったんです。

こんなんじゃいけないって思ったんです。

国分 :当時、すごい都市伝説があったんでしょう。

陣内 :すごくお笑いブームだったんですけれど、
大阪で、「リミテッドをひと目みたら不幸になる」という都市伝説があったんですけれど。

僕らが舞台に上がると、顔を下にしたり、耳をふさがれたりしました。

うけないですよね、見てないですから。

それもありますけれど、これから先のことを考えると無理だなと話をしまして。 やめようとなりましたね。

それから、2年間なにもしなくて、ほとんどニートですね。

先輩にお金を借りたりとか、借金してパチンコしたりしてました。
そんな風でした。

美輪 :若い芸人さんとかはそんなもんよ。

陣内 :なんとかなると思ってたんですよ。

美輪 :でも、本はお読みになったでしょう。

普通の芸人さんとかじゃなくて、本とか文学からネタ作りをするところがおありになるでしょう。

陣内 :そうですね。
街をあるいてネタをつくろうというのはないですね。
それよりぐっと考え込んでネタをつくろうとするんで。

美輪 :文化面で美術や文学、音楽などにアンテナを張っていてね。
そこから、いろんなものをチョイスしてアレンジしてだすという方法をアーティストは取るじゃない。
そういう方法に近い方法をとってらっしゃるわね。

江原 :それでいて、一般的な芸人さんという意識をお持ちですか?

陣内 :僕は、芸人さんというプライドはありますけれど、芸人という生き方ができない。

江原 :芸人というよりは、コメディアンとかコメディをつくるほうがお好きじゃないですか。

陣内 :芸人といわれるのは僕は、好きじゃないですね。

美輪 :アーティストまではカッコつけたくないと。
『アルティザン』という言葉があるの、職人という。

そっちのほうの位置づけをしてらっしゃるのね。


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