江原さんの修行時代 その4

江原さんは、自分の進路すごくを悩んだのです。

彼は、何を見ても苦しみました。

大学に行って、まわりを見渡せば、なんの自覚もなく遊びほうける若者たち。

何もわからぬから罪はないのだと思いつつも、疑問を感じました。

町を歩く人を見ても、この中に真の生き方をしている人があるのだろうかと疑問を感じました。

今、宗教は何ができるのでしょうか?

人々は飢えているのに。

食べ物ではなく真理に。

だからといって、彼は何かをする自身などありませんでした。

彼にできることと言えば、心霊相談を受けることだけ。

しかし、それを続ける自信さえ、当時の彼にはありませんでした。

恩師の寺坂先生は、心霊の道は人生勉強をして、40代以降から始めるのが一番良いと常々おっしゃっていました。

また、早くから始めれば高慢にもなり、道を誤りやすいと。

彼は、そう教えられてきたのです。

相談にいらっしゃる方々は心からの救いを求めているのです。

彼は悩みました。

彼には、心霊相談を受けられる力が本当にあるのだろうか。。。

ある日、深夜、テレビから流れてくる言葉にふと、耳を傾けたのです。

彼は、その映画に天の声を聞いたのです。

「ブラザーサン シスタームーン」

翌日、彼は、ビデオを借りてきて、何度も繰り返し観ました。

涙がとめどなく流れました。

この生き方だったのです。

彼が求めていたのは。

彼はあらためて、これまでの人生を振り返りました。

霊界に、寺坂先生に、佐藤先生に、そして彼と縁あった多くの人々に導かれた人生を。

考えてみれば、彼は自分自身の力で生きたことなど一度もありませんでした。

知恵がなくても、お金がなくても、親がなくても、彼は霊界、恩師、多くの人々のおかげで生かされてきたのです。

そして貧しさ、病苦、孤独と、短いあいだではあったけど、苦しんでこれたのです。

彼は初めて、これらが天からの贈り物であったことに気づきました。

なぜなら、これらがあってこそ、彼は初めて人の心を理解できる心の目を得られたのですから。

彼のしてきた苦労など、苦労のうちに入らないかもしれません。

しかし、この経験のなかから、すべての人を愛することに近づきつつある自分を発見できたのです。

彼は、自殺を何度もかんがえ、死のうとしました。

ですから彼はもういないとかんがえました。

今、生かされている人生は、もう彼のものではなく天のものです。

彼はもう、霊界の道具にすぎないのです。

道具に我はありません。

これからの人生、霊界に望まれたことは素直に受け入れて生きようと思ったのです。

「この考えは高慢ではないか、そして誤りはないか?」

教えを受けたく、彼は佐藤先生を訪ねました。

佐藤先生は、にこやかに彼を迎えてくださいました。

「良かったよ、江原さん。

あなたが神職になるのではないとと心配していましたよ。

よく決心をしましたね。

しかし、心霊の道に生きるとき、霊能もあなた1人のものではありません。

ですから、せっかくのものを、人のために使わないのでは利己主義でありますぞ」

そして、自分がまだ未熟であることの不安を訴える彼に、

「完全を望んだら、一生涯できないでしょうね。

私たちは霊界の道具として霊界の声を伝えていきましょう。

あなたがいまの心を忘れない限り、間違った方向へ行くことはありませんよ。

あなたは私より大きくなる」

ともったいないお言葉までいただきました。

 
決めたんです〜〜ぅ!!↓ 感動だっ!! ↓ 

スピリチュアル・カウンセラー江原啓之物語

↑やったね!!  運命なんですよ! ↑  見るべしっ! 
   
 



o(^−^o)(o^−^)o やった!    ( ̄ー ̄)v ブイ!



↑  見てね!!  ↑あなたの人生変わります。 ↑すごっ!!


自分の進路を決めるのって本当に大変ですねよね。


江原さんの修行時代 その3

江原さんは、また運命の出会いをしました。

佐藤先生との出会いです。

彼は、決心したのです。

自分を放り出してみて、乞食になるならなろうと。

自分に正直であろうと。

「背後霊たちが私を鍛え、導いているのだ。
きっとなんとかなるさ」

彼は自分に懸けてみようと思いました。

もう1人の恩師、寺坂先生からはお叱りをうけました。

「霊格、イコール人格なのですよ」

霊能者たるもの人格者であれと。

彼は、自分の甘さ、世間に対する無知を思い知らされました。

2人の師の言葉に、彼は旅立ちの決意を固めました。

しかし、相手は彼を利用したいという考えにとり憑かれています。」

いくら話し合っても、感情的になるばかりでした。

それどころか、彼に競馬の予想をさせようと、そればかり考えているのです。

彼はなんとしても、ここから逃れなくてはと考えました。

ある方々の助けがあり、また姉の援助も借りて、彼は夜逃げをするようにその男性のもとから脱出しました。

「きっと、追ってくるに違いない」

彼は、そんな気持ちで、その場所を後にしました。

その後、寺坂先生の助言とある方の援助により、神社に奉職させていただくことになりました。

そこでは宮司様をはじめ、神社の皆様によくしていただき、国学院大学の夜間コースに神職の資格を取るために入学することができました。

彼は、以前に、神職の最低の資格は取得しおりましたので、スムーズにことが進みました。

とはいえその当時、彼にはまったく預金がありませんでした。

奉職させていただいたものの、彼は学校に行かせていただいている身です。

実習生ですから、当然収入は多くありません。

ましてや学生。

何かとお金がかかります。

「このままでは生活が成り立たない。
なんとか考えなくては。。。」

ここで彼は1日3役をする決心をしました。

昼、神社の神職。

夜、大学生。

心霊相談の霊能者。

この生活を二年間続けたのです。

しかし、睡眠時間もろくにとれないような、こんな生活が長く続けられるわけがありません。

よくダウンして宮司にもお叱りを受けました。

本当に迷惑のかけ通しでした。

しかし、こんな彼を大切に思ってくださる方々のお力で、心霊サークルもでき、ハードな日々でも充実していました。

また学生という立場を持てたからでしょ。

若者らしさを取り戻せた彼は、久しぶりに人生の楽しさを感じることができました。

そして、卒業が近くなった頃。

彼は、卒業したら神職という安定した職業を持ち、余暇を活用して心霊相談をしていけたらいいと考えるようになっていました。

世間並みの暮らしに強くあこがれたのです。

そして結婚にも。。。

いつしか彼の心は、最初に志した心霊の道から離れていきました。

しかしそれに反比例するように心霊相談は増えていきました。

口コミによって増えていったのです。

彼は、正直なところ困惑しました。

「もう心霊相談はやめよう」

そう思った私に、ある方が言いました。

「今まであなたが導いてきた人たちへの責任は、どうするつもりなんですか?」

それでも、彼は、考えを変えようとはしませんでした。

彼は、頑固に心霊相談をやめることに固執していました。

その年の秋も深まった頃。

七五三をむかえて、境内にはかわいい子供たちであふれていました。

彼は、毎年のようにお祓いと祈願を行っていましたが、ふと1人の子供に目が止まりました。

はなやかな子供たちのなかに、かわいらしく着飾ったダウン症の女の子がいます。

ダウン症の子供は心臓などに故障があることが多く、平均寿命もかなり短いと聞いてます。

七五三とは子供の成長に感謝し、ますます身体健全と成長を願う儀式です。

彼は強く頭を殴られたような気がしました。

この場で彼ができることといえば、ただ1日でも長く生き、この世の修行を終えられるように祈ることだけなのです。

祭神の前に立ち、立派な衣装を身につけ、なんという高慢な姿をしているのかと。

彼はこの子に教えられました。

この女の子は彼にとってこの世の神だったのです。


なんてことだーーー!!↓いつの間にか態度がでかいーっ!↓

江原啓之のスピリチュアルバイブルあなたはなぜ人生につまづいて


見てみて!! ↑   すごいよ! ↑ 見なきゃ損!

    \(▽ ̄\)  ふざけるな〜〜っ!!   (ノ`A´)ノ

↑ 見ました!!  ↑すごい秘密があるんだって。 ↑やった!!



ふと、目に付くものから教えられるものがありますね。









江原さんの修行時代 その2

修行中の江原さんをみかぎって、ほとんどの人は去っていきました。

彼にはどうしようもなかったのです。

彼は彼なりに、自分に正直に生きてきたのです。

母を思い、母の言葉を思い出しては、自分を叱り、山も谷もこれが私の道と忠実に歩んできたのです。

苦しい息の下から母がいった言葉どうり、試練の日々は続きました。

そんなある日、彼は滝行である男性と知り合いになりました。

彼が霊視ができることをしって、その人は急に親しげに近寄ってきました。

「あんた、そんな力があるのなら、プロになったらどうだい?
協力するよ」

その人は家の一部を提供してくれるというのです。

友にも去られ、温かい心に飢えていた彼は、そのはなしをあまんじて受けてしまいました。

しかし、それが大変なこととなってしまったのです。

その言葉を信じて、霊能者としての相談を始めたとたん、彼はとんでもないことになったと気がつきました。

その男は定職も持たない人で、彼を商品としていっかく千金を狙っていたのでした。

部屋は提供していただけたのですが、お金は一銭も頂けません。

そのうちに預金も底をつき、地獄のような日々が続きました。

それでも、相談者にいいかげんな事を言うなど彼にはできません。

一生懸命受けました。

相談者はきっとお金を払い、ワラにもすがるような気持ちでここに来たに違いないからです。

どんないやでも、間違っている道でも、そのときの彼には頼る者もなく、身動きが取れませんでした。

食べるものを買うお金もありません。

頂いたものを少しずつ食べていました。

ある大雪の降る夜のことは、今でも忘れることができません。

食べられるものといったら、頂いた素麺だけ。

それをゆでて、つゆさえないので、そのまま食べて飢えをしのいでいました。

ストーブの灯油を買うこともできず、鍋に湯を沸かしては暖をとってすごしました。

ひもじさと孤独に、彼は泣きました。

「こんな夜、私と同じ思いをしている人が他にもいたら気の毒だな。。。」

彼は、いつの日にか、そのような人々と貧しくても心温まる暮らしがしたいと心から願ったのでした。

守護霊というものを理解していない人たちはよく、「なぜ霊能者なのに守護霊が助けてくれなかったのでしょうか?」と彼にたずねます。

しかし、守護霊は魔法使いではありません。

私たちの願いをいつも聞いてくれるわけではありません。

いわば、わたしたちの教育係なのです。

とはいえ、彼はそのときは霊にたいして恨み事を言ったのでした。

「私は清くあれと心がけ、人のためをも考えて生きてきたつもりです。
今なぜ、このような試練をお与えになるのでしょうか」

その答えはこうでした。

「今、ぬしに答えを出すのは簡単じゃ。
しかし、それはぬしのためにはならぬ。
そんなこをしたら、ぬしの人生はぬしのものではなくなる。
自らの意思で進むべし。
ぬしはまだまだ若い。
安心して1からはじめよ」

彼が頂いたのは、このような言葉だけだったのです。

辛く、苦しい生活でした。

若気の至りとはいえ、天をも恨みました。

同じ年の若者たちはみな、輝いて見えました。

青春など彼にはありませんでした。

何度も自殺を考えました。

しかし、このような辛い日々のなかにも、温かい心の出会いはあったのです。

くじけそうになるたびに、温かい人たちに助けられました。

彼は弱い自分の心を恥じました。

騙されたかもしれない。

食い物にされたかもしれない。

しかし、彼を利用しようとしたその男性との出会いは、彼に人の心の怖さと優しさを教え、彼自身を鍛えてくれたのです。


彼は、霊能者佐藤永郎先生を訪ねました。

何かに導かれるようでした。

心の内から、教えを受けたいという気持ちが沸きあがってきたのです。

佐藤先生は彼を見るなり、温かく迎え入れてくれました。

そして、こうおっしゃったのです。

「あんたはしあわせな人だねぇ」

戸惑う彼に、佐藤先生は続けておっしゃいました。

「金もなく貧しい。
でも、神にかわいがられている。
よろこんで神にすべてを差し出しなさい。
守ろうと思ったらダメですよ。
神を信じていないことになってしまうからね」

この方も彼の背後にいる昌清霊のことを教えてくださいました。

「あなたの背後には立派な僧侶がいらっしゃる。
この方が、あなたを導いている。
あなたの今後の指導も計画しておられるね」

佐藤先生はまた「あなたからは金は取れないよ」

と、彼をよく助けてくださいました。

良い人との出会い! ↓  くじけないことです!! ↓


初のDVD!!『江原啓之のスピリチュアルバイブル』

やったね!! ↑ 明るい未来! ↑
                  チェックだ!↑



(ノ>▽<。)ノ)) ギャピー    (┰_┰)しくしく



↑ 夜明けだ!! ↑やったね!    ↑わーい わーい


人格を磨いて、良い人にめぐりあうことが大切ですね。


江原さんの修行時代 その1

江原さんは、運命の流れに乗ってすばらしい人の出会いやすてきな本からの気づきをえることで、自分が進む道を定めました。

おもえば、本当の自分の進むべき方向を見定めるには多くの時間がかかりました。

彼は、寺坂先生のすすめもあり、彼自身の指導霊と同じ修験道に進むことにしました。

「今の日本では、残念ながら霊能者という職業は社会的に認められていませんからね。
法律の面からも自分を守らなくてはいけませんよ。
しっかりとした自分の職業を持っているのといないのとでは、社会的な信用が違います」

寺坂先生は、霊能者を今までの神秘的なだけの存在から、アカデミックな存在まで向上させたいとお考えでした。

「そのためには、熱心に心霊研究をしていかなければなりません。
そうはおもいませんか?」

彼は、先生の考えに共感しました。

そこで、ある寺に通いながら、寺坂先生と共に歩むことにしました。

彼は、毎日、寺で修行をこなしながら、生業のために警備員のアルバイトするハードな生活を続けました。

真理の道を求める心がそうさせたのでしょう。

寺での修行は真剣でした。

霊媒体質の彼は、お札のおたきあげをすれば寝込む、寺というものの性質上、少しでも気を抜けば寝込む、といったつらさのなかでがんばり続けました。

また、世間知らずの彼は対人関係にもとても悩みました。

しかし、住職は人格も申し分ない方でしたし、ご家族の方々にはとてもかわいがっていただきました。

そんなしあわせのなかで、なお、いくつかの疑問が彼を襲いました。

仏教の考え方と、心霊科学からみた思想のとのギャップには、彼はつねずね疑問を感じていたのです。

そして、寺の内情を深く知るにつけ、その迷信的な生き方、現世利益を考える人々を相手にするやり方についていけないものを感じてしまったのです。

彼は、ここには自分の道はないと、寺を離れる決心をしました。

温かく受け入れてくれた寺を出て、彼は行くあてもなく考えました。

「私の本当に進むべき道はどこにあるのだろうか」

そして、また寺坂先生のすすめもあって指導霊・昌清之命が現世において行っていた滝行に挑むことにしたのです。

実際には、滝行は大変な危険を伴うもので、誰にでもすすめられるというものではありあませんが、彼にはすばらしい自分だけの行となりました。

夏も冬も毎日のように山に出かけて行きました。

アルバイトと心霊研究、霊能開発、そして滝行の日々です。

彼はこの滝行によって憑依体質を克服できたのです。

ずっと悩まされていたこの霊体質をマイナスからプラスへと転化できたのです。

彼は、背後霊たちと一体になれるようになっていきました。

この滝行によって、昌清霊たちとの交信がスムーズに行えるようになったのです。

自らの意思で霊たちと会話し、自分を守ることもできるようになりました。

また、霊能を使わないときの切り替えが習得でき、少なくとも霊現象については、どんどん楽になっていきました。

2年ほどかかったでしょうか。

毎日、通い続けたのでした。

霊能が向上するそんなすばらしい日々の中にも不安はありました。

やはり、経済面や現世における立場でした。

成人になってからも定職がなく、フリーターのかたわら、滝行と心霊研究という、なかなか人には理解されないことをやっているのです。

他人からみれば、ずいぶん自堕落な生活にみえたでしょう、よく周囲の人たちから注意を受けました。

かつての友人、同級生などのなかにも、彼の生き方を批判し、見下し、哀れむものも現れました。

「親もなく、一人ぼっちで暮らしているから、あんな人間になったのさ」

背中を向けて去って行く友人、知人も1人や2人ではありませんでした。

しかしまだまだ!! ↓  江原さんは負けない!! ↓

〔送料無料キャンペーン中〕江原啓之 スピリチュアル ヴォイス-CD-



これからさ!! ↑ 本領発揮! ↑
                  チェックして!↑


(。>0<。) え〜〜〜ん (。>0<。)   えん   (。>0<。)



↑ まず見てー!! ↑人生らくありゃ苦もあるさ!↑まだまだ!!


本当にどうしようもない日々ですが江原さんは前向きです。



広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。