江原さんの子供時代  その7

江原さんは、母親の死を通して、不思議な体験をし、また今後の人生を考えさせられました。

母の死に際して、何もしてやれなかった悲しさが彼を泣かせました。

その後、経済的な理由から大学進学はできないと思いましたが、幼い頃からサラリーマンにはなりたくないと考えていたのです。

生きがいのある人生、そして自分で夢をを創る夢の持てる人生にしたいと考えていたのです。

そして、高校へ進学してとても楽しかったのですが、またしても彼に心霊現象が襲い始めました。

彼の高校時代にコックリさん遊びが流行りました。

友人に誘われて、興味本位に加わった私の目の前で、立ててあったろうそくの炎がメラメラと1メートル程の高さに燃え上がったのです。

そして、ものすごいスピードで文字が示されていきました。

今考えてみれば、低い霊だったのではと思えますが、何か物を落としたり、いろいろなことを私たちに見せました。

不思議と彼が加わったときだけ、その現象は起こったようです。

しかし、これは危険なことです。

この遊びをしているうちに低級な霊に取り憑かれ、ひどい目に遭っている人がたくさんいます。

こんな危険なことをよくしたものだなと反省しています。

それから、数日後彼の人生の中でいちばん怖い思いしたのです。

17歳のときでした。

彼は、そのとき一人暮らしをしていました。

深夜、眠りについていました。

すると突然、ベッドが起き上がるように動き出し、ひどい耳鳴りがしました。

それと、同時に金縛りにあってしまいました。

「お父さん、助けて下さい!」

彼は、心の中で強く叫びました。

すると、手と足は動かないのですが、胴だけが動くようになりました。

しかし彼は、ついに耐えれず、気を失ってしまいました。

気がつくと、もう朝でした。

しかし、不思議なことに、手足が金縛りにあって利かなかったはずなのに、手にはしっかりと数珠を握っていたのでした。

これが、私を救ってくれたのでしょうか?

守護霊の働きだったのでしょうか?

この日から3日ほどは、恐ろしさのあまり家には帰れず、友人宅に泊まりに行ったことを今でもはっきりと覚えています。



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江原さんの子供時代  その6

江原さんは、ちいさいときから憑依体質だそうです。

とくに、霊視には困っていたのです。

彼が、生まれた場所は下町で、霊的因縁は特に強いものがあります。

関東大震災、東京大空襲と多くの人がなくなっている土地です。

当時の彼には、大変な苦しみだったのです。


学校の行きかえり、道を歩いているときなど、よく防空頭巾の母子に会うそうです。

2人は、こちらに向かって走ってくると、私の体の中を走りぬけていくのです。

ある日、彼の寝ている部屋へやってきて女の子が悲しげに「どこへ行ったら安全なの?」と言うのです。

「家族の行方がわからないの」とも言ってました。

彼は、「戦争はとっくに終わったんだよ。 早く天国にいって!」

この言葉を繰り返すほかに、そのときできることはなかったのです。

そして、そのような体験をした後は、発熱をして寝込むのです。


中学校に入ってからは、霊的現象は少なくなったそうです。

しかし、憑依体質はそのまま続き、虚弱でした。

そして、次の試練が来ました。

それは、母の死だったのです。

母の体調が思わしくなく病院に入院して、診断を受けたところが、末期のガン。
余命3ヶ月と告げられて姉弟は、動揺しました。

父のときのように予知することはありませんでした。

ただ、母の体調が崩れる数ヶ月前に、ふと葬式に参列している自分を夢に見たのです。

そのときは、嫌な予感がしたのですが、母のことと結びつけることは考えても見ませんでした。

しかし、その頃の母は、人生を振り返っての話や、彼への先々の心構えの話をよくしていました。

おかしなことをいうなと思っていましたが、今思えば、母にも予感があったのでしょう。

ある日、母と彼は、病室で2人きりになりました。
そこで、母は話かけてきてこう語りました。

「私はもうすぐ死ぬ。 姉弟なかよく暮らして言ってね。
お前は18歳までは守られる。 でも私の言葉を思い出して、明るさを失わず生きていきなさい。
いいね、18歳までだよ。
それから先には、お前にはいろいろなことがあるけど、決して負けてはいけないよ」

母は、まるで先々の彼の姿が見えているように語りました。

彼は、18歳を境にいったいなにがあるのかと不安にとらわれました。


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人生を考えさせられますね。



江原さんの子供時代  その5

小学校時代の江原さんを悩ませたのが、霊的に敏感なことが原因で虚弱体質に陥ってしまったことだそうです。

毎日のように、頭痛とけだるさ、月に一度は四十度の発熱をおこしていました。

病気では、ないかと病院でなんども検査を受けたそうです。

しかし、レントゲンも脳波も異常はありません。

結局、すべては精神的なものからくるとういう診断でした。

また、人ごみは苦手だったそうです。

その、すべては表意体質という、霊的に敏感で霊やエネルギー・気に感応しやすい体質から起こるものでした。

それは、子供の彼に除霊ができるはずはありません。

そんな、具合の悪い日には、祖母がいつも優しく看病してくれたそうです。

この祖母と彼は神社仏閣めぐりの仲間でも会ったのです。

三歳のときから亀戸天神、深川八幡、お不動様は2人のお決まりコースだったのです。

ですので、祖母は江原さんのよき理解者でした。


ある日、そんな私を霊界は気の毒と思ったのか、突然語りかけてきたのです。

「さあ、何が見たいか言ってみなさい」

子供の彼は、不思議とも思わず、「乗り物が見たい!」と言ったのです。

すると、モノレールや電車があらわれ、あたり一面パノラマのようになったのです。

それから、霊界がいろいろな映像を見せてくれたそうです。

しかし、母や姉からは理解されず、力説すればするほど母や姉の目から涙がこぼれていました。

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おかしなことは、家族でもなかなか信じててもらえませんからね。


江原さんの子供時代  その4

江原さんが、小学校に入学してからはとても大変だったそうです。

何が大変だったかというと。


オーラが見えすぎてしまうことだったそうです。

彼は、背が高いし、視力も良かったので座席は常に後ろの方でした。

普通の子供にとってなんでもないことが彼にとっては大問題なのです。

学校での休み時間に、グラウンドで遊んで元気に教室に入ってくるのですが、そんなときは、子供たちのオーラは非常に明るく、赤や黄色の蛍光色でメラメラと活発に放射されているのです。

それは、この現世の光の反射とはまったく異なるものなのです。

彼は、前に座っている子供たちのオーラによって、黒板の文字が見えなくなってしまいました。

先生に字が見えませんというとカーテンを閉めるように指示されました。

すると、薄暗がりの教室はさらに彼の精神統一をすることを助長してしまい、オーラがますますはっきりと見え出したのです。

思い切って「みんなから出る光で黒板が見えません」と言ったのですが、病気と勘違いされ保健室送りになってしまったそうです。

保健室では、病気でないとの言われ、彼は、うそつき扱いされました。


このときに、初めて、自分だけにみえて他の子供たちにはみえないものがあることを悟ったそうです。


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こんなことは、普通の人では体験できませんねぇ。

江原さんの子供時代  その3




江原さんは、父の死を予言してから周囲の人々から変わった子供だと思われていたそうです。


そして、私を一番心配していたのが母親だそうです。

幼稚園では、赤い海、黒い太陽、宙に浮かぶ家といったおかしな絵を描いたりするのですから。

しかも、手に怪我をすると、土に手を埋めてじっとしていたのです。

土が傷を癒してくれると信じていたのです。

いや、自然によって癒されるということを、知っていたのでしょう。


彼は、宝石やアクセサリー、お金などは、オーラや気(エネルギー)が悪く、これがあると人は不幸になるとおもっているのです。

物質主義の価値観が人々の争いの種になると、子供の感性で理解していたのでしょう。

しかし、母は彼がどんなに変な行動をおこしても変わり者扱いすることは決してありませんでした。

優しく「人に迷惑になるようなことだけはしないようにね。」とだけ言ってくれたそうです。



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家族の理解があることは、いいことですね。



江原さんの子供時代  その2

子供時代に、何かあると確信した事件があったそうです。

その事件とは、父親の死だったのです。


彼は、父から愛いされていて、彼も父になつきひざの上から離れないほどだったのです。

しかし、9月の彼岸ある日を境に、父に寄り付かなくなってしまったそうです。

父の背には真っ黒な闇がありました。

幼い彼には怖くてたまらなかったのです。

後から考えるとこれは心霊現象のオーラと呼ばれるものだったのです。

そして、死に際しての生き物オーラはみな闇のようになるのです。

幼い彼には、そのような理由で父に近づくことができなかったのです。


それから、2日後、会社から知らせがありました。

父が倒れたのです。 

病院に駆けつけて数時間後、父は帰幽したのです。

父が、死んだ途端、なぜか彼のなかから今までの不安はなくなり、喜びがそれに変わっていたそうです。

彼は、死の意味するところを理解していました。

会えなくなる寂しさはあるのですが、それ以上に、父が人生の苦しみからようやく旅立つことができたという思いが彼の中に満ちてきたと語っています。

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幼いながらも、人の生き方を理解していたのでしょうね。

江原さんの子供時代 その1

江原さんは、東京の下町、墨田区に生まれました。

とても厳格な父と信心深い母と7つの年上の姉のもとに、生まれたそうです。

普通の家庭に育った彼が、最初に不思議がられたのが、4歳のとき自宅に親戚のあつまりがあり、そのとき江原さんの口から過去の両親の夫婦喧嘩の一部始終が話されたそうです。

両親は、赤面して叱りました。

「なんで、お前そんなこと知ってるの?」

そのことは私が生まれる前に起こった出来事だったからです。

そのときを境に、次々と不思議なことが起きるようになったそうです。


それから数日たったある日の夕方、父はスイカを買うために自転車ででかけようとしました。

「お父ちゃん! 行っちゃいや!」

ないてすがりつきました。 笑って出かけた父は、自転車が転倒し、父は怪我を負い、割れたスイカをてに帰ってきたそうです。

さらに、その翌日には、火鉢の上のヤカンから煙がでているのをかんじました。
でも、実際はなにも起こらず叱られることになりました。

それから4時間ほど経って火鉢の上のヤカンが茶だんすに接してけむりをだしたのです。

不思議なことはその後も続いたそうです。

周囲の人たちは偶然が重なったものと見ていたようです。

しかし、偶然ではかたずけられない何かがあると確信する事件が起こりました。

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